【33】熱風と嘘

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【33】熱風と嘘

そして八月の下旬に登校日があった。 桜庭は登校日の一週間くらい前から、しきりに神田に二人で買い物に行こうと誘われていた。 登校日は神田の貴重な部活の休みの日だったのだ。 桜庭と神田の洋服の好きなショップは被っている所が多い。 『だって~莉緒ちゃんともう何ヵ月も出掛けて無いんだよ~!美味しいもの食べてショッピング!ショッピング!』 ウサギの泣いているスタンプとお願いポーズのスタンプの連続に、桜庭は思わず笑った。 桐生に訊くと、桐生もその日は午後イチから格闘技の練習があるので、行ってくれば?と笑顔で言ってくれた。 登校日になって、桐生と二人で学校に行って靴箱を開けた桜庭は「あっ!」と声を上げた。 紙袋の上に小さいメモ。 桜庭は急いでメモを開いた。 妙に角ばった見慣れた文字。 『吸水性が良くて直ぐに乾くタオルを見つけたので使って下さい。 楽しい夏休みは過ごせましたか?』 紙袋を開けると、薄いブルーの濃淡のストライプのスポーツタオルとタオルハンカチが一枚ずつ入っていた。 桜庭は嬉しくて桐生に、「駿くん!『お助けマン』が来たよ!」とタオルを見せた。 桐生は一瞬曇った顔をしたが、直ぐに笑って「良かったな。今度はタオルか?」と言った。 桜庭は制服のズボンのポケットから家から持って来たハンカチを取り出すと、代わりに『お助けマン』から貰ったタオルハンカチを入れた。 そんな桜庭を桐生が複雑な顔をして見ていることに気付かずに。 HRが終わると、早速神田がA組に桜庭を迎えに来た。 「莉緒ちゃ~ん!久しぶり~!」 神田はドアの所で桜庭と合流すると、桜庭に抱きつこうとして、凄い力で阻まれた。 「へ!?」 神田が目を白黒させていると、桜庭を庇うように桐生が立っていた。 「莉緒にベタベタすんな」 低い声で凄まれて、神田の顔色がサーッと変わる。 桜庭はクスクス笑って言った。 「駿くん、卓巳はいつもこんなテンションなんだよ。 怒らないで?」 「俺は『いつも』がどんなのか知らない。 神田…くんだっけ? 今日から態度を改めるんだな」 「駿くんってば!」 「まあ、いいや。 楽しんで来いよ。 何かあったら直ぐに電話して」 桐生はそう桜庭にやさしく言うと、頭をポンポンと軽く叩いて、綾野と谷川の元に戻って行く。 その後ろ姿を見て、神田が「あ~怖かった!でも何で桐生くんがあんなにおこんの!?」と今度は桜庭の顔を覗き込む。 桜庭はふふっと笑った。 「メシ食いながら報告するよ。 行こう」 「報告!?なに、なに~!?」 神田と桜庭は笑いながら昇降口に向かった。 瀬名は屋上の日陰で、一人小さなメモを読んでいた。 桜庭がHR中にこっそり『お助けマン』に書いた返事だった。 『お助けマンさんへ。 タオルとハンカチ、どうもありがとう! とっても嬉しいです。 今日から使ってます! 夏休みはすごく楽しいです。 実は恋人が出来ました。 お助けマンさんも知ってる人だと思います。 俺と噂になっていた同じクラスの桐生くんです。 桐生くんから夏休みになって告白されて、付き合っています。 毎日、楽しくて幸せです。 お助けマンさんの夏休みはどうですか?』 『毎日、楽しくて幸せです。』 その一行を瀬名は何度も指でなぞった。 「莉緒ちゃん、良かったね…」 瀬名の涙がポトポトとメモに落ちる。 瀬名は乱暴に涙を拭うと、メモを胸ポケットに仕舞って、通学バッグからクリアファイルを取り出した。 一枚の譜面を抜き取る。 瀬名の涙がまた溢れ出す。 瀬名は譜面をビリビリに破った。 それは川原で桜庭の為に弾いた、桜庭の為に作った曲だった。 『毎日、楽しくて幸せです。』 瀬名の耳に桜庭の声が一瞬聞こえた気がした。 粉々になった譜面は、夏の熱風に飛び散って消えていった。 「えーっ!莉緒ちゃん、本当に桐生くんと付き合うことになったのー!?」 「バカッ!卓巳、声デカイ!」 ショッピングモールのフードコートで桜庭が神田の口を塞ぐ。 「それに付き合うことになった…んじゃなくて、もう付き合ってる…。 夏休み入って直ぐだったから、もう一ヶ月くらい?」 桜庭が赤い顔をして声を潜めて言う。 「えー何で直ぐに報告してくんなかったの?」 「それは…まあ…恥ずかしかったし…」 「でも莉緒ちゃんを好きだった一人としては、俺だけにでも報告して欲しかったなぁ~」 神田が悪戯っぽく笑って、桜庭は「ごめん」と頭を下げた。 「じゃあさ、おーちゃん達にも報告していい?」 「…いいよ」 神田がいそいそとスマホを弄る。 桜庭は一瞬瀬名の顔が頭に浮かんだが、別にもうハルとは友達でも無いんだし…と気持ちを切り替えた。 神田の『莉緒ちゃんと桐生くんが正式に恋人同士になりました~!』というグループラインのトークを皮切りに次々とトークが表示される。 『どーせ桐生に押しきられたんだろ?嫌になったらいつでも帰って来いよ~』と大島。 『莉緒くん、おめでとう!超お似合いだよ!』とクマとウサギがラブラブしているスタンプを押してきた水元。 瀬名からはトークもスタンプも何も無かった。 神田は「何でおーちゃんのとこに帰るんだよ~?」と爆笑している。 桜庭は瀬名が何も言ってこなくてホッとしていた。 食事を済ませると、買い物に歩いた。 もう夏物は半額から80%オフ以上になっているショップも多くて、秋物が並んでいるショップも多かった。 桜庭はこれからの桐生とのデートを考えると、お小遣いを減らせなくて、夏物のTシャツと、襟つきのシャツを買った。 神田も「部活引退するまで着ていくとこも無いしな~」と言いながらも楽しそうに夏物を選んで買っていた。 二人の買い物が終わると、神田が閃いたように言った。 「明の誕生日プレゼント、買っちゃおうか!?」 水元の誕生日は8月28日だ。 「あ、そうだな」 「じゃあおーちゃんとハルに確認してみるね!」 神田が水元にバレないように、大島と瀬名に一斉メールをすると、二人共、買っておいてと言う返事だった。 予算も瀬名の時と一緒で、アクセサリー好きな水元へのプレゼントは割りとスンナリ決まった。 買い物も終わり、休憩しようと言うことになり、二人はショッピングモール内にあるチェーン店のカフェでお茶をすることにした。 神田が「明、28日は前から予定があってダメなんだって。だからその前に誕生日プレゼント渡しちゃおっか?」と言って、桜庭はきっと誕生日当日は大島とお祝いするんだろうな、と思って自然と微笑んだ。 「莉緒ちゃんはいつ空いてる? ていうかハルの時みたく、俺達の部活に合わせて貰うことになっちゃうんだけどさ~」 ハルの時みたく… 桜庭は必死にあの時の瀬名を思い出さないようにした。 「悪いけど…」 桜庭はぎゅっと手を握った。 「俺は行けない」 「え?何で?」 「と、父さんがさ…丁度その頃休みが取れそうなんだ。 でも直前にならないと日にちが分かんないから…。 うち弟がまだ小さいから、家族で出掛けるの抜けられないんだよね」 スラスラと嘘が吐ける自分が桜庭は不思議だった。 だが、理由は分かっている。 ハルに会いたくない… 「そっか~じゃあ仕方無いね。 でも莉緒ちゃんが居なくても、プレゼントは莉緒ちゃんも選んでくれたんだし、明はきっと喜ぶよ!」 神田がニコッと笑った。
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