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【34】真夏のデート
グループラインのトークで、水元の誕生日パーティーは水元の家で26日に行われることを桜庭は知った。
桜庭は事前に水元に謝っておいたが、水元は『気にしないで!夏休みだし』と言ってくれた。
桜庭は水元の誕生日パーティーの日にちが決まってから、珍しく桐生に一日中一緒にいたいと我が儘を言った。
桐生はその日、格闘技の練習があることを桜庭は知っていた。
桐生がセックスの後の気怠い身体で、桜庭を抱きしめながら笑う。
「どうしたんだよ?
じゃあ練習を午前中にずらしてもらうから、午後からどっか行くか?」
桜庭はやだやだと桐生の胸で首を振る。
「朝から駿くんと一緒にいたい。
駿くんさえ良かったら前の日から泊まってもいいから…」
「…26日に何かあるの?」
桜庭は返事をせず、自分から桐生の唇に唇を重ねた。
「莉緒…」
「駿くん…お願い…」
桜庭が桐生の首に腕を回してしがみつく。
「俺のこと滅茶苦茶にしていいから。
駿くんの好きにしていいから…」
「バ~カ」
桐生がクスクス笑う。
「そんなこと簡単に言うな。
いいよ、分かった。
練習は日にちを振り替えてもらうから。
26日は朝からどこかへ遊びに行こう」
「駿くん!ありがとう!」
桜庭の艷やかな髪を桐生がやさしく撫でる。
「なあ、莉緒…」
「ん?」
「俺達、恋人同士だろ?」
「…?うん?」
「隠し事は無しにしようよ。
26日がどうかしたのか?」
桜庭は桐生の目をじっと見つめた。
桐生の目は怖いほど澄んでいる。
桜庭がポツリポツリと話し出す。
「…26日にD組の水元くんの誕生日パーティーがあるんだ。
でも俺は行きたく無くて嘘まで吐いた…。
もうきっと五人で…みんなで、集まることは無いんだなって思ったら…やっぱり寂しくなって…」
桜庭の瞳に涙が浮かぶ。
桜庭の脳裏に楽しかった五人の思い出が蘇る。
確かに瀬名に会いたく無いのが本音だ。
だけどそれが五人でもう会えないことになるなんて…
「嘘を吐いてまで行きたくないのか…」
桜庭は桐生に理由を訊かれると思った。
だが、桐生は微笑んで言った。
「俺がいるよ」
「駿くん…?」
「この先、大島達と集まれなくても、莉緒が俺と一緒にいたいって言ったように、俺がいる。
俺じゃ物足りない?
寂しい?」
桜庭はブンブンと首を横に振る。
涙が飛んだ。
「駿くんがいてくれれば…寂しく無い」
その時。
『莉緒ちゃんは俺のモノだから…。莉緒ちゃんが傷付いても俺がいるよ』という言葉が桜庭の頭を過ぎった。
俺がいるよ…
駿くんと同じ言葉。
でも意味は全然違う…
何で、何で、こんな時に思い出す?
いつになったら、全部忘れられる?
言った本人は忘れ去っているのに…
桜庭は嗚咽を漏らしながら泣き出した。
桐生が慌てて、桜庭を抱きしめる。
「泣くな…。
泣くなよ、莉緒。
俺がいるから。
寂しい思いなんてさせない。
好きだ…愛してるよ、莉緒…」
「うん…おれ、も…。
しゅ、くんが、いてくれるだけで…いい…」
「綾野や谷川だっている。
あ、あいつらじゃ俺の100万分の1も役に立たないか?」
「しゅんくん…ってば…」
桜庭が涙でぐちゃぐちゃの顔で笑う。
桐生がチュッと塩辛い桜庭の唇にキスをする。
「俺のお姫様は笑顔が似合うよ」
桐生もにっこり笑う。
「駿くん…」
「26日は水族館に行こうか?
まだ水族館には一緒に行ったこと無いよな?
ちょっとした遊園地もあるし、夜は花火が上がるんだ。
夏休み最後のイベントにピッタリだろ?」
「うん…うん…」
桜庭はポロポロ涙を零しながら、また笑う。
「莉緒…」
桐生が桜庭の濡れた頬に、やさしくキスを落としていった。
26日になって桐生と桜庭は朝から水族館に遊びに行った。
桐生はデジカメを持ってきていて、桜庭を撮りまくる。
桜庭はとうとう痺れを切らして「俺、一人が写ってても意味無いし!」と桐生に抗議してデジカメを奪おうとしたが、「俺、写真も趣味なんだもん」と桐生は全然相手にしない。
ある時、カップルに「すみません。シャッター押して貰えますか?」と頼まれて、桐生が快く引き受けているのを見て、桜庭はこれだ!と思った。
それから桜庭はそのカップルを見習って、桐生と一緒の写真を他の人に頼んで撮って貰った。
水族館を一回りしながら、イルカショーを見たり、昼食を取ったり、1日券で出入り出来るのでまた水族館に戻ったり、お土産を買ったりしながら日中を過ごした。
夕方になると桐生が「夕陽を見に行こう」と言い出して、水族館の直ぐ側の浜辺に行った。
家族連れやカップルが結構沢山いた。
その日は晴天で、夕映えに光る海は本当に美しかった。
桜庭は、桐生は夕陽を写真に撮りたいのかな?と思ったが、桐生はデジカメをデニムのポケットに突っ込んだままだ。
あと少しで水平線に太陽が沈む、という時、桐生が桜庭を抱きしめて唇にキスをした。
キャーキャーいう声が周りから聞こえて、桜庭は真っ赤になって桐生から逃れようとしたが、力では桐生に敵わない。
唇を重ねるだけの、それでも長いキスを終えて桜庭が「駿くん!こんなとこで何すんの!?」と怒ると、桐生は平然と海を見て「ほら、太陽が沈んだ」と嬉しそうに言った。
「太陽が沈む瞬間に莉緒とキスしたかったんだ。
最高の思い出だろ?」
桐生が無邪気に笑う。
桜庭は照れ隠しに「駿くんはホント天然ってゆーか、マイペースってゆーか…」とブツブツ文句を言ったが、内心そこまで考えてくれた桐生が凄く嬉しかった。
桐生はそんな桜庭の心を見透かすように微笑んで、桜庭と手を繋ぐと、「夕飯食ったら花火まで遊園地で遊ぼうぜ」と言った。
楽しく夕食を終えて、余り大きくない遊園地に向かう。
桜庭は絶叫マシーンの類いが苦手なので、乗れる物は少なかったが遊園地の中を桐生とお喋りしながら歩くだけでも楽しかった。
すると桐生が「ほら、あれ!」と声を上げた。
メリーゴーランドがあった。
プールに行った時のメリーゴーランドより凝った装飾で、ライトアップされて光輝いていた。
桐生が近くにいたカップルの男性に「シャッターお願いできますか?」と頼む。
男性は「いいよ」と笑って引き受けてくれた。
桜庭は桐生に小さな声で「キスはダメだからね!?」と念押しした。
桐生は「分かってる、分かってる」と笑いながら桜庭の肩を抱く。
無事に写真を撮って貰ってお礼を言って画像を見てみると、物凄く綺麗に撮れていて、桐生も桜庭も思わず感動してしまった。
「こうなったら日本中のメリーゴーランドを制覇するしかないな!」と桐生が言って、桜庭は爆笑した。
夜になると、水族館の前側にある港に花火が上がる。
桐生と桜庭はピッタリ寄り添って花火を見ていた。
流れるメロディーに合わせて上がる花火は幻想的だった。
「これがラストの花火です!お楽しみ下さい!」と陽気なアナウンスが流れた時、夢中で花火を見上げている桐生の頬に桜庭はキスをした。
桐生がビックリしたように桜庭を見る。
桜庭は頬を赤くしながら、ニコッと笑った。
桐生が桜庭を抱きしめる。
桜庭の瞳には桐生の肩越しに花火が映る。
「駿くん…花火、見られないよ?」
桐生は黙って花火が終わるまで桜庭を抱きしめていた。
残りの夏休み5日間も桜庭は桐生と会って過ごした。
桐生は水族館に行った翌日には、写真を全てパソコンに送信してくれた。
桜庭は26日の夜、帰宅してからグループラインを確認して、そう言えば今日は明の誕生日パーティーだったんだな、と改めて思った。
グループラインには水元の誕生日プレゼントのお礼から始まって、神田や大島がパーティーの面白かったエピソードなどを桜庭に知らせてくれている。
瀬名は一言もトークしていなかった。
桜庭はそれを読んでも、明のパーティーが楽しくて良かったくらいにしか思わなかった。
水元の誕生日パーティーの日にちを知って、あんなに寂しかったのが嘘のようだった。
それよりも桜庭の心を占めるのは、楽しかった今日一日の桐生との思い出。
桜庭は『明、パーティーが楽しそうで良かった!』とだけトークした。
そして誕生日当日に『誕生日おめでとう!』と。
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