【52】君に、会いたい

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【52】君に、会いたい

桜庭は帰宅して自室に入ると直ぐ、スマホの電源を入れた。 そして着信履歴から桐生の番号をフリックする。 桐生は直ぐに電話に出た。 『莉緒?大丈夫か?』 「大丈夫って…何?」 『さっき電話したけど切れて、それから繋がらなかったから』 『ちょうど電源が切れちゃったんだ。 ごめんね』 『何処にいた?』 「え…」 『電源が切れても電話出来なかったんだろ。 外にいたんだよな?』 桜庭は桐生に気付かれないように、息を吐いた。 「本屋に行きたくてショッピングモールにいた」 『一人で?』 「一人だよ」 『そっか…』 「…それで駿くんの用事は何?」 桐生がスマホの向こうで、ふっと笑った。 『冷たいんだな。 用事が無いと電話しちゃ駄目か?』 「…そんなこと…無いけど…」 『今日言えなかったから。 来週のテスト中も、テストが終わっても会えない。 登下校も無理』 「…うん」 『それで来週の土日、泊まりに来ない? 土曜日にどっかに遊びに行ってさ』 桜庭の頭に瀬名が浮かんだ。 そして桐生に腹が立った。 桐生は会えない理由を何も言ってくれない。 これからまた一週間会えない。 つまり二週間放置しておいて、何の躊躇いも無く来週の土日に泊まりに来いと言う。 桜庭が桐生にこんな感情を持つのは初めてだった。 「…理由を教えてよ」 『莉緒?』 「何で俺と会えないのか、理由をちゃんと教えてよ。 じゃなきゃ、行かない」 『来週の土日に話すよ』 「そんなの…!」 『なあ、莉緒…』 桐生はやさしく囁く。 『勉強会の日の夜、莉緒は連絡のつかない俺を2時間も待ってくれた。 どうして?』 「それは…駿くんが来てくれるって信じてたから」 『それと同じだよ。 俺は莉緒が好きだ。 莉緒しか愛してない。 また俺を信じて一週間待っててくれよ』 桜庭の瞳に涙が浮かんだ。 「分かんない…駿くん…分かんないよ。 どうして今、理由を話してくれないの? 何で一週間待たなきゃなんないの?」 『…莉緒』 桐生が静かに言った。 『今日、何かあった?』 「何も…何も無い…っ…」 桜庭の瞳から涙が零れる。 『じゃあ、莉緒が来週の土日に会う気になったら連絡して』 「駿くん…!」 『またな』 桜庭の返事を待たず、電話は切れた。 桜庭はスマホをベッドに放ると、自分もベッドにダイブした。 涙がポロポロ零れては、シーツを濡らす。 結局、駿くんは何も話してくれなかった… 『来週の土日に会う気になったら連絡して』 じゃあ、俺が会わないと言ったら? また理由も分からず、学校以外で駿くんにも会えず、ただ待つ日々が続く? あんなにやさしい駿くんがどうして… 駿くんを信じてるよ 好きだよ だから夜の改札で2時間駿くんを待つのも辛くなかった あの時、ハルが来てくれなければ、俺はきっと待ち続けた それなのに… どうして駿くんに、この気持ちが、届かない? 桜庭はベッドから起き上がると、クローゼットの引き出しから『お助けマン』のメモを取り出した。 『困っていることを書いてくれてありがとう。 桐生くんの気持ちは分かりませんが、案外何てこと無い理由かもしれませんよ。 それこそ笑っちゃうような。 気長に待ってみてはどうでしょうか? 愚痴でも何でもいいから、これからもあなたの少しでも困っていることを教えて下さい』 お助けマン… 今の俺の気持ちを伝えたら、『お助けマン』は何て返事をしてくれるだろうか… 『桜庭くん、あなたの周りには味方がいっぱいいます。 俺も桜庭くんの味方です。 テスト、頑張りましょう。 これからもあなたが少しでも困っていることを教えて下さい。』 味方… 『莉緒ちゃんは友達よりずっとずっと大切だし、離れないよ…今度は莉緒ちゃんが俺から離れるまで』 ハル… ハルに会いたい さっき会ったばかりなのに、もう会いたい またキスをして抱きしめて欲しい 駿くんとは違う、この気持ち 駿くんが恋人なら、ハルは…? でも理屈じゃ無いんだ。 ハルの答えを知った今、ハルと離れたくない 離れられない 桜庭は立ち上がった。 膝の上からパラパラと、花びらのように『お助けマン』のメモが落ちる。 桜庭はベッドの上のスマホを掴んだ。 瀬名に電話を掛ける。 瀬名はワンコールで出た。 『莉緒ちゃん?』 「ハル…ハル…」 『どうしたの?何かあった?』 「俺…先週の金曜日から駿くんに避けられてるんだ…」 『…そうなんだ』 「登下校も一緒に出来ないって言われて、放課後も会えない…」 『…うん』 「そしたらさっき電話で、また一週間会えないけど、来週の土日に泊まりに来ないかって言われた」 『……』 「俺は避けてる理由を話してくれなければ、行かないって言った。 でも来週の土日に話すって…理由…話してくれないんだ…」 桜庭はスマホを持ったまま泣き崩れた。 「あの勉強会の夜、2時間駿くんを待ったように、また、駿くんを信じて…一週間待ってって…それで…」 桜庭が嗚咽を漏らす。 「来週の土日に会う気になったら連絡してって…。 会いに来てとは言ってくれなかった。 本当に俺に会いたいなら、泊まって欲しいなら、避けてる理由…話してくれるよな? でも泊まりに行かなければ…きっと…また…避けられる…」 『莉緒ちゃん…』 「ハル…俺、もう分かんないよ…。 駿くんの考えてること…もう…」 『莉緒ちゃん落ち着いて。 桐生くんは来週の土日になる前にきっと理由を話してくれるよ』 「ハル…」 『今日、莉緒ちゃんと連絡がつかなくて、機嫌が悪かっただけかもしれないよ?』 瀬名はぎゅっとスマホを握っていた。 指先が白くなるほど。 『莉緒ちゃん、明日、また会える? 1時間でもいいから。 聴かせたい曲があるんだ』 桜庭は泣きながら、ふふっと笑った。 「『ロミオとジュリエット』?」 『違うよ。そんな悲しい曲じゃない』 「ハル…」 『何?』 「今、会いたい」 『莉緒ちゃん…?』 「今、会いたい。 今すぐ、会いたいよ」 『莉緒ちゃん…』 「『ロミオとジュリエット』でいいよ。 ハルのギターが聴きたい。 ギターが無くてもいい。 会いたい。 ハルに、会いたい」 瀬名は椅子から立ち上がった。 『今、すぐ会いに行くから。 待ってて』 「うん…」 瀬名は電話を切ると、ギターケースを担いで部屋を飛び出た。 「ちょっと、ハルくん! 何処行くの!?」 母親の大声が耳をすり抜ける。 瀬名の頭の中には、ただ一言、『ハルに、会いたい』と言った桜庭の声が響いていた。
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