【53】初めての告白

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【53】初めての告白

秋は日は落ちるのが早い。 瀬名は薄暗くなってきた道を、桜庭の家に向かって足早に歩いていた。 あと少し、というところで「ハル!」と自分を呼ぶ声が聞こえた。 桜庭が自宅の前から走って来る。 桜庭は瀬名の前まで来ると、「ごめん」と言った。 瀬名がクスッと笑う。 「何で謝るの?」 「だって…俺…今日、ハルを困らせてばかりいる」 「嬉しいですよ」 「え…」 桜庭が瀬名を見つめる。 「莉緒ちゃんと友達以上になれて、悩みも話してくれて、我が儘言ってくれて」 「でも…ハルはそれでいいのかよ…」 瀬名は俯く桜庭の手を握った。 「それが俺の望みだから。 莉緒ちゃんが幸せになる為なら、何でもやりますよ」 「ハル…」 「行こう、莉緒ちゃん」 瀬名が桜庭としっかり手を繋ぐ。 桜庭が強くその手を握り返す。 まるで離したら、瀬名が何処かに行ってしまうんじゃないかというように。 桜庭の家までのたった数メートル。 その距離で瀬名は桜庭の悲しみが、繋いだ手から自分に染み込んでいくようだった。 桜庭の部屋に入ると、桜庭は「ハル、お腹減ってるだろ?母さんにハルの分も頼んでおいたから。ちょっと待ってて」と言うと、瀬名を残し、部屋を出て行った。 瀬名はその間に母親に電話を掛けた。 母親は夕食時に、何も言わず家を出て行った瀬名に怒っていた。 瀬名が『友達に急用が出来た。夕食もご馳走になるから』と言うと、『お友達のお宅にも迷惑かけて!』とまた怒られた。 瀬名がやっと母親のお説教から解放されると、桜庭が部屋に入って来た。 「ハルの好きなハンバーグにして貰ったんだ」 桜庭は笑顔でそう言うと、テーブルに食事を並べ始めた。 瀬名は嬉しかった。 ハンバーグは大好物だが、それを桜庭が覚えていてくれたことに。 テレビを観ながら和やかに食事を終えると、桜庭がテーブルを片し、アイスコーヒーを持ってきた。 桜庭は何も話さない。 瀬名も何も言わなかった。 暫く沈黙が続くと、桜庭が「ギター持って来てくれたんだ」とポツリと言った。 「あ、うん。 何か弾こうか? 実は今夜練習して、明日、莉緒ちゃんに聴いて貰いたい曲があったんだけど、まだ中途半端だから…。 何か、リクエストある?」 桜庭がニコッと笑う。 「じゃあ、明日も会えるな」 「莉緒ちゃんはいいの? テスト前なのに…」 「いいんだ…どうせ落ち着いて勉強なんて出来ないし。 ハルと会った方が、その後、集中して勉強出来るよ」 「そう…」 その時、桜庭がパッと閃いたように言った。 「二人で『ロミオとジュリエット』弾こうよ。 俺はピアノで」 「二人でか~。 やってみますか!」 「うん!」 桜庭はテレビを消すと、ピアノの前に座る。 瀬名もギターケースから、ギターを取り出した。 二人で目を合わせてカウントを取る。 『ロミオとジュリエット』のピアノの音とギターの音が重なる。 桜庭の演奏は滑らかだった。 瀬名はきっと練習を続けていたんだな、と思った。 桜庭は淡々と演奏を進めていく。 まるで一切の感情が湧かないように。 ただ単に楽譜通りに弾いているというだけ。 それでも演奏を終えると、桜庭はニコニコと笑った。 「結構やるな。俺達」 瀬名は桜庭が痛々しくて、見ていられなかった。 ギターを床に置いて、ピアノの前に座る桜庭の横に立つ。 「ハル?」 「そんな弾き方しないでよ。 普通に弾くより悲しいよ。 俺に出来ることある?」 桜庭はじっと瀬名を見上げて言った。 「ハルが来てくれたから、いいんだ」 桜庭の瞳に涙が浮かぶ。 「会いたいって言ったら、会いに来てくれた。 だから、もう…」 桜庭の瞳から涙が一粒零れて落ちる。 それでも桜庭は微笑んでいた。 「離れないって言ったでしょ」 瀬名が桜庭の涙を指先で拭う。 「莉緒ちゃんが俺から離れるまで、俺は離れないよ」 「ハル…」 桜庭は立ち上がると瀬名に抱きついた。 「離れたくない…離れたくないよ…」 「莉緒ちゃん…でも莉緒ちゃんは…」 桜庭がブンブンと首を横に振る。 「狡いって言っていいよ。 卑怯だって言っていいから。 離れないで…。 ハルと別れた日から、ずっとずっと会いたかった。 会いたくて会いたくて身体が震えた日もあった。 それでも必死に忘れようとした。 恋人も出来た。 でも…ハルは違う。 ハルは他の人とは違う…。 やっとハルの気持ちが分かったんだ。 もう、離れられない…」 桜庭の言葉が鋭利なナイフのように、瀬名の胸に突き刺さる。 好きだと言われた訳じゃない。 ただ、離れないで、離れられないと言われただけだ。 だが、好きと言われるより、瀬名の心を深く抉った。 瀬名も桜庭を抱きしめると、桜庭をベッドへ促した。 桜庭をそっと横たえる。 桜庭は泣きながらまた微笑んで、瞳を閉じた。 瀬名が桜庭の唇を奪う。 激しい、激しい口づけ。 桜庭はそれに必死に応える。 長い口づけの後、瀬名は桜庭の涙に濡れた瞳を見て言った。 「好きだよ、莉緒ちゃん。 愛してるよ」 瀬名の初めての告白だった。 別れたあの日の説明とは違う。 ずっと言わないでおこうとしたこと。 これからも、この先も。 けれど、胸に突き刺さった桜庭の言葉は、それこそナイフのように瀬名の胸を切り裂き、本音を剥き出しにさせた。 「ハル…」 桜庭が瀬名の頬を両手で包む。 「もう一度、言ってよ」 「莉緒ちゃんが好きだ。 愛してる」 「もう…一度…」 「好きだ。好きだよ。 愛してるんだ」 瀬名がまた桜庭の唇を塞いだ。 その夜、大島のスマホがラインの着信を告げた。 画面を見ると瀬名からで、『桐生くんのラインのIDを教えて下さい』とあった。 「何だあ?桐生~?」 大島は不思議に思いながらも、桐生にラインした。 『桐生、久しぶり!急に悪いんだけどさ…』 大島は瀬名に教えていいか、確認を取った。 桐生の返事は簡潔だった。 『教えていいよ』 瀬名のスマホが鳴る。 瀬名は大島からのラインを見て、大島にお礼のトークをすると、今度は桐生にラインをした。
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