【54】最低にでもクズにでも

1/1
前へ
/121ページ
次へ

【54】最低にでもクズにでも

翌日の午前10時、瀬名は桐生の自宅の最寄り駅の、駅前のチェーン店のカフェで桐生と会っていた。 「テスト前なのに、来てくれてありがとうございます」 瀬名が桐生に軽く頭を下げる。 桐生は余裕たっぷりに答える。 「急で驚いたけど、別にいいよ。 テスト前でも少しはトレーニングはするし。 これから、道場に行くから。 で、話って何?」 瀬名は桐生の目を見て、ハッキリ言った。 「俺、桐生くんの言う通り、桜庭くんと友達に戻りました」 桐生は黙って瀬名を見ている。 「だから友達としてお願いがあります。 桜庭くんを避けてる理由を、桜庭くんにちゃんと説明してあげて下さい」 「……」 「明後日から中間テストです。 このままじゃ、桜庭くん、勉強どころじゃないんですよ」 桐生はふっと息を吐いた。 「莉緒に頼まれた?」 「違います」 「じゃあ莉緒に相談された?」 「それは…」 「昨日、莉緒に会っただろ?」 瀬名は膝の上の拳をぐっと握った。 「勉強教えてくれって、俺が頼んだんです」 「それで帰った莉緒から電話でもあった?」 「…そうです。 桜庭くん、桐生くんに避けられてるって泣いてました。 お願いします。 理由を話してあげて下さい」 「来週の土日には会うよ。 その時、話すって言ったんだけど、莉緒から聞いてない?」 「それじゃ遅いんだよ!」 瀬名はテーブルを強く掴んだ。 「テストは明後日からだ。 あんた莉緒ちゃんの恋人なんだろ? 泣いて勉強に手がつかない莉緒ちゃんのこと、何とも思わないのかよ!?」 「莉緒は俺に避けられたくらいじゃ、成績は下がらないよ」 「それはあんたが今の莉緒ちゃんの状態を知らないから、そんなこと言えんだよ!」 「へえ…」 桐生は薄く笑った。 「瀬名くんは随分莉緒に詳しいんだな。 今まで俺なんかよりずっと長い間、不自然なくらい莉緒を避けてたくせに。 何で急に友達に戻ったの?」 「それは…あんたが莉緒ちゃんを避けるから…」 「俺が莉緒を避けて、大好きな莉緒が可哀想になった? 友達としてなんて言いながら、隙が出来た莉緒に近付くことにしたんだ?」 「違う! あんたには俺と莉緒ちゃんの関係は分からない! 俺は…俺達は…!」 「分かりたくもねえよ」 桐生が冷たく言い捨てる。 「俺達? ふざけんな。 莉緒の恋人はこの俺だ。 莉緒が好きで信じてるのは、俺なんだよ。 莉緒は俺が待っててと言えば、何時間でも待つ。 避けられたって、文句のひとつも言わない。 それもこれも俺が好きで信じてるからなんだよ!」 「あんた、まさか…」 瀬名は桐生をまじまじと見た。 「あの勉強会の日、莉緒ちゃんをわざと待たせたのかよ?」 「さあ、どうかな」 桐生が口の端を上げて笑う。 「俺に訊かずに勝手にお前達と勉強会をやることを決めた莉緒に、腹が立ったのは確かだけど」 「最低だ…あんた最低だよ」 「最低のどこが悪い?」 桐生の切れ長の瞳がギラリと光る。 「俺と莉緒は付き合ってから、毎日本当に楽しくて幸せだよ。 お前にも言っただろ? それを壊すヤツは、俺が絶対に許さない。 そして莉緒は誰にも渡さない。 その為なら、最低にでもクズにでもなってやるよ」 「だからって、何も莉緒ちゃんを苦しめなくても…!」 「俺と莉緒の仲を壊すヤツは、潰せば良いだけだ。 でも心は違う。 莉緒に自覚してもらう必要がある。 自分が誰を一番好きなのか、誰を一番信頼してるのか。 莉緒の心には俺と同じくらい信頼してるヤツがいる。 お前も知ってるだろ? 『お助けマン』」 瀬名が微かに頷く。 「それと莉緒の心にしつこく住み着いてるヤツ…」 桐生は言葉を区切ると、静かに言った。 「瀬名晴人、お前だよ」 瀬名は何も言葉が出なかった。 ただ、目を見開き、桐生の顔を見つめていた。 「後夜祭のお前の演奏で莉緒は泣いた。 俺はお前に言ったよな? お前に傷付けられたことが、相当堪えてるんだろうって。 だから、お前を莉緒の心から追い出すことに決めた」 冷たく宣告する桐生に、瀬名は困惑した様子になる。 「でもあの時駅のホームで、あんたは莉緒ちゃんに普通に接してやってくれって…友達としてって言った…」 「そうだよ。 これ以上莉緒が、お前のせいで傷付く姿を見たくなかったから。 それにお前が何をしようと、俺と莉緒の仲は壊れないから。 でもやっぱり許せないんだよ。 邪魔なんだよ。 莉緒の心に住み着いてるお前も『お助けマン』も」 「でも…だからって…莉緒ちゃんを避けなくても」 桐生はにっこり笑うと立ち上がった。 「格闘技ってな、単なる技の掛け合いじゃないんだ。 心理戦だって大切なんだよ」 「そんなこと関係無い! 避ける理由を明日までに莉緒ちゃんに話せよ!」 怒鳴る一歩手前の瀬名に向かって、桐生は酷薄そうな表情で言い切る。 「ガキだな~お前。 好きなだけ莉緒と友達ごっこして、せいぜい楽しめよ。 俺は最低なクズになってでも、莉緒を愛するからさ」 桐生は瀬名の横をすり抜けようとして続けた。 「莉緒は絶対に、来週の土日に俺のところへ来るよ」 黙る瀬名を背に、桐生は店を出て行った。
/121ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加