抹茶プリンと不揃い靴下

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 光瑠が、おかわり分の2杯目コーヒーを口にする様子を見つつ、亮介は呟いた。 「……現場だろうと、雑談だろうとかまわねぇ。ただ、特別捜査課には残ってほしいと思っている。俺たち4人は、正規ルートで刑事になってねぇんだ。警察学校卒業してるが、そっから先はもう特別捜査課になってる。裏口コネ入社みてぇなもんだ。お前は正規ルートで積み上げてきたものがある。その部分、特別捜査課で必要になるかもしれねぇ」  特別捜査課は、現在まで裏組織のような部署。アプリSも文面のやりとりのみで、対面で会話することはない。ハッキングも現場で裁きを下すことも、対象者や被害者と非接触の状態だ。 「同じ公安からも腫れ物扱いだ。今となっちゃ、飛行能力を持っていることは知られてねぇけど、特別捜査課は厄介刑事のお払い箱って噂されている。何があった時に、間に立ってくれる奴がいてくれたら助かるんだ。俺ら、他の連中と関わったことねぇからさ」  光瑠はふと、4人がいる状態を想像した。  まずは南城。ド派手な銀髪とピアスに、普通の刑事であれば引いてしまう。誰に対しても敬語は使わず、手元ではゲーム。適当に相槌を打ち、その態度に怒鳴られてしまう構図が浮かんだ。  次に佐東。相手と最低限の交流を求めるあまり、自分の話ばかりするような気がした。サウナに関しては、通じる者がいるかも分からない。だが、自身の肌艶や肉体美を長々と語るナルシストが爆発し、相手は関わりたくないと感じてしまうような気がした。  課長の仙北もまた、空回りが予測される。緊縛した雰囲気を壊しかねないジョークの数々。場を和ませるタイミングを間違えてしまえば、さらに距離が生まれるだろう。  そして亮介。威圧感漂うオーラと言動。立場、階級関係なく己を通すような男だ。気遣いや気配り、弱者を労わるような優しさも持ち合わせているものの、その内面が表に出るまで明らかに時間がかかる。嫌悪感のみが続くと予測した。 「……特別捜査課は、無法地帯ですもんね」 「だから、まぁ……正直、お前が残ってくれると今後助かる」 「今日西神さんと過ごして、見えた気がします。僕はこれからも現場で仕事がしたいです。被害者のために続けたいと思っています。ご迷惑をかけるかもしれませんが、西神さんの側で学ばさせてください」 「そうか」    事件と向き合いたい、被害者の助けになりたい、という表現は表向きだなと光瑠は思った。好意を抱いてしまった相手のことをさらに知りたい――その欲に負けた結果である。 「仕事に関しては、フォローしてやる。だから、もし現場で不調だと思ったらすぐに言え」 「はい」 「プライベートのフォローは……どうしようもねぇか」  忘れかけていた数々の失態を思い出し、光瑠はがっくりと首を垂れた。 「やっぱり、引きますよね。相手をイラつかせてしまうようなこともあるんですよ。セルフレジ操作ミスをして、行列作ってしまったり。小銭床にばら撒いてしまったり。“こっちは急いでんだよ、早くしろ”ってイライラする方は絶対いますから。トラブル起こしたくなくて、ほぼ自宅で過ごしているようなものです」  ですが、と光瑠は続ける。 「家でもポテチの袋を盛大に破ってしまって、ばら撒いてしまったり。靴下のように、違う箸でご飯食べていたり。恥ずかしいくらいダメ人間なんです」 「ふーん」 「えっ……」  光瑠は顔を上げた。亮介は無表情でカップを口にしている。 「西神さんは、イライラしないんですか? 僕みたいな人間は、周りに迷惑ばかりかけて、隣にいる人をイラつかせてしまったり、恥ずかしい目に遭わせてしまったりするんです。始めだけなんです。天然だ、ドジだって可愛いキャラクター的扱いで許されるのは。続けば、嫌になって距離が出て、皆離れていくんです。誰だって、巻き込まれるのは嫌ですもん」 「巻き込まれたくなくて離れて行ったのは、その程度の連中だってことだろ。むしろ、縁切れて良かったじゃねぇか。隣にいる知り合いが、何もないところですっ転んだくらいで、こっちが恥ずかしくて距離置くってか。くだらねぇ」  光瑠の目に涙が滲み始めていた。 「捜査一課も特殊な仕事だろ。その分緊張感は常にあるし、でけぇ捜査になりゃ不眠不休の不規則生活だ。だからこそ、プライベートでいい意味で気が緩んだ結果、ドジやらかすんじゃねぇの? 裏を返せば、ちゃんと仕事してるってことなんじゃねぇの? それだけで十分に思えるがな」  徐々に光瑠の唇が震え始めてしまう。盛岡で出会った時のように、言葉が心に真っ直ぐ入り込んでいた。 「僕、同級生とも疎遠になっていて、友達いないんです。だから、今日、西神さんから誘われて、こういうのが久しぶりで頭の中が真っ白で……気がついたら、靴下が別でした……」  ポロポロと泣き始める姿に、亮介は内心驚いてしまった。またもや刑事の顔と異なる一面である。だが、茶化すつもりは全くなく、今までの苦悩が溢れた状態に胸が傷んでいた。 「すみません……西神さんが、すごく、優しいから……なんか、どうしたらいいか分からなくて……」 「それはこっちの台詞だ。プリン食って、ニッコニコで“おいひぃ”とか言ってた奴が、今度は大号泣だもんな。お前って、すぐに感情が表に出るんだな。すげぇ分かりやすい」 「お願いします、皆さんにはこのこと言わないでください……。友達がいないとか、実はドジだとか、涙脆いとか、言わないでください」 「分かった。その代わり、俺の話もするな。今日のこと全部だ。甘党ってこともな。あとは、まぁ別に悲観的になるな。ドジだってのは、ある意味個性だろ。俺は別にイライラしねぇし。それだけ覚えておけばいい」  はい、と光瑠は頷き答えたが、テーブルに両腕を乗せ、顔を伏せ泣いている。  困惑した亮介は、キッチンから見守っていた丸谷に視線を向けた。ニコニコと口角を上げ、ゆっくりとその口が動き始める。  ――す、な、お、で、い、い、こ、で、か、わ、い、い、ね。  声に出さず告げられた言葉。またしても、丸谷から亮介へメッセージが続いた。  ――い、ぬ、け、い、だ、ん、し。  ――素直でいい子で可愛い、犬系男子。って言われてもな。  心の中で呟いた亮介は、静かにコーヒーを啜る。顔を伏せて涙を流し続ける光瑠の頭を見つめた。ショートヘアに、天使の輪のような光。店内ライトに照らされているためか、はたまた髪質によるものなのかは分からない。  ――この状況、どうすりゃいいんだ。放置すればずっと泣いてんじゃねぇのか!? それはそれで面倒くせぇぞ。 「……なぁ。この後どうせ暇だろ。ドライブ付き合え。風浴びながら適当に走れば、気分転換になるだろ。丸谷、持ち帰りのチーズケーキ、保冷剤多めに頼む」 「了解っ!」  威勢のいい声に、亮介だけでなく光瑠も顔を向けていた。丸谷は苦笑いし、頭を掻いている。 「すみません。特別捜査課の刑事が出てしまうんでしょうね。は、ははは……」  亮介はそれだけが理由でないと感じていた。  普段は1人利用。初めてこの店に連れてきたのが光瑠だ。そして土産を奢り、ドライブに誘う。丸谷にとって全てが初めて見る光景であり、驚きと興奮から発した言葉だ。  我に返ったのか、光瑠はハンカチで涙を拭っている。  ――湾岸方面行くか。助手席に乗せたのはコイツが初めてだが……誰かを乗せて走るのも、悪くない。  目的地が決まると、亮介は残りのコーヒーを一気に流し込んだのだった。
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