抹茶プリンと不揃い靴下

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 亮介は、バニラアイスを食べ終え、2杯目のコーヒーを啜っていた。その音を聞きながら、光瑠は尋ねる。 「西神さんは、どうして続けているんですか」 「お前に理由話してなんになる。話すつもりはない」 「……すみません」  明らかな拒絶。すまん――と告げた声色が嘘のようだ。亮介の僅かに開いた心の扉が、固く閉ざされた気がしてしまう。 「あ、あの……皆さんにお土産を買って行きませんか? お持ち帰りで冷凍のチーズケーキもあるみたいですし」 「そういうのはいらねぇ。アイツら、俺がこの店に出入りしてるのも、甘党なのも知らねぇし」  皆が利用し、和気あいあいとしている風景を思い浮かべていた光瑠。驚きの眼差しだ。 「皆さんと過ごすことはないんですか? 忘年会とか。課長は好きそうですけど」 「1回もねぇよ。付き合いは長ぇが、プライベートまで踏み込んだ関係性じゃねぇ。プライベートの想像は付くけどな。南城はゲーム、カラオケ、謎解きイベント。佐東は美容院、美容クリニック、サウナ。課長は、赤提灯の居酒屋でビール飲んでんじゃねぇの。忘年会の話すらねぇよ。俺、酒飲めねぇし、ノンアルだろうとそもそも行く気ねぇし」 「お酒飲めないんですか……」  幾度となく訪れる驚き。亮介の容姿や言動から、どの酒類も網羅している酒豪に思えたのだ。 「体が受け付けない。スイーツのほんの少しの洋酒は問題ないがな。ただ、ブランデーケーキみてぇながっつりしたもんは無理だ」 「なんだか意外です。お酒苦手な方は甘党が多いのはよくある話ですが、西神さんはどちらでもいけるタイプなのかと思っていました。ギャップがありますね」  亮介は背もたれに寄り掛かると、小声で呟いた。 「どうせお前、“自分だったら職質するかもなぁ”とか思ってんだろ」  図星であり、光瑠は何も発せなかった。苦笑いで視線を逸らすことしかできない。 「まぁ別にどう思われようと、かまわねぇけどな」  ただ、と言葉は続けられた。 「お前は、周りからどう見られてるのか少し意識したほうがいいぞ。さっきから顎に抹茶パウダー付いてんだよ。なんでそこに付いてんのか意味分かんねぇ。とりあえず、トイレの鏡でちゃんと見て来い」  耳を真っ赤に染めた光瑠は、慌てて椅子から立ち上がった。ショルダーバッグを手に背を向ける。すると、亮介は間髪入れず告げた。 「あと、始めの話に戻るが、ファッションにあれこれ言うつもりはねぇ。ただ、1つ確認したいことがある」 「なんですか……」 「履いてる靴下、左右違うのはファッションか? あえて左右の色が違う靴下ってのは俺も知ってる。個性的なブランドとか古着っぽい感じがイメージとしてあるが。お前の靴下は、色とデザインが全く違うからな。それが今のファッション最先端なのか、すげぇ気になってた」  光瑠は足元を見つめた。カーゴパンツの裾とスニーカーの隙間から見える靴下。右は無地の黒。左は白地に青のボーダーだ。 「それが1組として売ってんのか。最近の流行りか」 「……別物です。トイレ、お借りします」  店内奥のトイレへと駆け足で向かい、姿が見えなくなると、丸谷がクスクスと静かに笑った。 「面白い子だね。西神くんが誰かと一緒に来たのは初めてだから、どんな子かと思ったけど……」  テーブルに肘を置き、亮介は頬杖を付く。 「言ってなかったが、アイツは天使の血が多いくせに飛行能力を持つ、特殊な男だ」 「え!? そんなパターンがあるのかい!?」  丸谷は目を大きく見開いていた。 「俺も結果見てミスじゃねぇかと思ってな。計3回血液分析頼んだが、同じ結果だった。飛行能力はガキの頃から分かっていたらしい。考えねぇようにしてたって話だ。だからまぁ、初仕事で気絶した件は別になんとも思ってねぇ。本来天使の血が多いアイツには、かなりの負担だったはずだ」 「心配で仕方なくて、連れてきたんだね。そこまで気にかけてるとは思わなかったよ」  亮介の口から出たのはため息だった。 「警察学校卒業後に池袋署。交番勤務から捜査一課。所轄時代もそれなりに優秀だったみてぇだ。だから本庁の一課に推薦された。より多くの経験を積んで、今後の糧にしてほしいって、池袋署の一課長が背中を押した形だ。んで、現在公安の特別捜査課」 「ある意味エリート出世だね。彼は期待されている刑事か」 「その出世コースを生きるアイツしか知らねぇし、それもデータでしか知らねぇ。だから、優秀な刑事なんだろうなとは思ってた。真面目で仕事熱心なのはよく分かる。だからこそ、今すげぇ衝撃受けている。……左右違う靴下、履いてきやがった」  トイレから物音が聞こえ、丸谷は視線を向けた。亮介も立ち上がっている。ドアをガタガタと鳴らしているのだ。 「は?」  トイレのドアが開くと、光瑠は苦笑いしていた。 「立て付けが悪くなっていましたか? そろそろ、トイレをリフォームしようかと考えていたところではありますけど……」 「あ、違います。ドアは問題ないですよ。僕の問題なんです。押すなのか、引くなのか、分からなくなっちゃってパニックになってしまいました。お恥ずかしい……」  その恥じらいは両耳が示している。先程の顎に付着した抹茶パウダーと、左右異なる靴下も重なり、赤みを帯びた耳は健在だ。  光瑠は席に戻ろうと歩みを進めた。すると、右足のつま先が床に引っかかり、さらに左足ともつれてしまう。バタン、と店内に響く音を鳴らし、盛大に転んでしまった。 「……大丈夫ですか!?」 「あ、はい……大丈夫です……」  亮介は近づき、腰を下ろす。床と一体化しているような光瑠の後頭部を眺めた。 「顔面打ったか?」 「顔面は打っていません。……とても、恥ずかしいので、顔が上げられない状態なだけです」 「仕事でこんなの見たことねぇから、よく分かんねぇんだけど。お前、二重人格?」 「違います」  光瑠はゆっくりと体を起こし、床に正座した。恥ずかしさは治まらず、顔が上げられない。俯きながらショルダーバッグを開け、中から取り出した物をそっと置いた。 「テレビの……リモコン……」 「西神さんのギャップは、プラスになっていて羨ましいです。怖いオーラの人が、実はスイーツ大好き甘党男子だった、なんてちょっと良い方向に見方が変わるじゃないですか。僕の場合、ただただ残念に終わるだけなので」  光瑠はテレビのリモコンを見つめた。トイレで鏡を見ながら顎を洗い、ハンカチを取り出そうとした際に、リモコンがあることに気づいたのである。いつ、どのタイミングで入れてしまったのか覚えがない。  しゃがんでいる亮介は、首を傾げた。 「お前、ドジなのか。そんなんでよく刑事になれたな。つーか、手帳紛失はねぇよな。あったらこんなに出世コース歩んでねぇと思うが」 「警察手帳の紛失は一度もないです。仕事に関することはちゃんとできるんです。ちなみに、財布、車と家の鍵、スマホは失くしたことありません。なので、僕が紛失届を出すことはありませんでした。なんででしょうね」  笑う声は力無いものだった。恥じらいに加えて、情けなさ、諦めも含まれている。 「僕、仕事以外はポンコツなんですよ。……すみません、お2人にご迷惑をおかけしてしまって。西神さんに至っては、仕事でもご迷惑をおかけしてしまったのに……こんな醜態を曝け出して……本当に、僕は……」  光瑠の視界に、ゴツゴツとした手が入り込んだ。指一本一本にも筋肉が付いているような、逞しい手をしている。 「毎日、お疲れさん」  亮介の言葉と差し出された手。光瑠は俯きながらその手を握り、立ち上がった。リモコンをショルダーバッグに戻しながら、思わず小さなため息を吐いてしまう。 「丸谷、俺が食ったレアチーズケーキと、生チョコレアチーズケーキ、帰りに持ち帰りでコイツに持たせてやれ。店内貸切代と飲食代と土産代、カード一括で後で払う」 「かしこまりました」 「あの、僕の分は払います!」 「そんなん別にいい。お前って大変な生活してんだな。毎日忙しねぇだろ。だからまぁ、夕食後のデザートにでも食え。ぼーっとしながら甘いもん食えば、とりあえず疲労回復するんじゃねぇの」  光瑠はショルダーバッグのベルトを強く握り締めた。ドキドキ鳴る心臓。耳がさらに熱を帯びている。 「……ありがとう、ございます」  今できる精一杯の言葉を放った光瑠は、これが恋であることに気づいてしまった。
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