遺族の胸中

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 正面入り口からすぐのロビー。ソファやテーブルが点在しており、利用者や家族が自由に使用できる空間だ。雑誌や大人も楽しめる絵本、折り紙やお手玉、けん玉など懐かしい玩具も置かれている。  特徴的なのは大きな窓。雪を被った岩手山がそびえ立っており、大パノラマを体感できる場所でもあった。  光瑠の母の故郷は岩手県岩泉町。本州で最も広い町だが、大半は山や盆地だ。そんな山々に囲まれた環境で、のびのび育った岩泉短角牛。短角牛を使用したカレーを、祖母や両親、叔母家族と共に食べた思い出が蘇る。  現在、祖母の家には叔母夫婦が住んでいた。終の住処として、岩手山が望めるこの場所を選んだのは、清瀬幸子本人だった。  “いい場所だ。あの山からなぁ、神様が見てるんじゃねぇかなぁ”  岩手山の形状が富士山に似ていることから、ご利益がありそうだと感じたのだ。  ――犯人を殺したいと思う僕は、やっぱり化け物なのかな。神様が見てたら、罰が下るか……。  ソファに腰掛け、黒のショルダーバッグの中に手を入れた光瑠。取り出したのは、非番でも肌身離さず所持している警察手帳だ。  ――犯罪者側に行っちゃダメなのは分かってる。職を失うだけじゃなく、人生が終わる。でも、人生終わってもいいか。お父さん、お母さんはいない。おばあちゃんももう長くない。僕もそっち側に行けばいいか。  光瑠はショルダーバッグを強く抱えながら、俯いた。声を殺しながら涙を流している。  ――どうしよう、殺意しかない。おまけに自分の命もどうでもいいと思ってる。こんなの、刑事失格だ。  ゆっくりと顔を上げ、窓越しに岩手山を見つめた。季節は3月。岩手同様、光瑠の心も春風が吹くことはなく、冬のように寒々とした感情が渦を巻く。心なしか涙で濡れた顔が、酷く冷たく感じた。  服役中であろうとも、消えることがない殺意。その感情を誤魔化しつつ、職務にあたり日常を生きる。それは相手、もしくは自分が死ぬまで続くような気がした。  ――刑事辞めて、あの男殺したら、僕も楽になったりするのかな。辞める前のほうがいいのか。刑事としてなら、面会できるかも。その隙で……どうにか……って、無理だよな。そんなこと考えちゃいけないよね。  すると、ロビーに設けられているテレビから、男性アナウンサーの言葉が耳に入った。  ――――――  今日午前10時頃。府中刑務所内で、服役中の男が自殺を図ったと通報がありました。府中刑務所では、当時一時的なシステムトラブルがあったため、異変に気付くことが遅れてしまったとのことです。尚、この男は、危険運転致傷罪で13年の実刑判決を受け、服役中でした。法務省はこの件を受け、各都道府県の刑務所等に、防犯や緊急時のシステム、刑務官の勤務体制を見直すよう求めたということです……  ―――――― 「……まさか、違うよね」 「この男、飲酒運転で逆走して、夫婦を死なせてんだよな」  光瑠は1人の男に視線を向けた。  男は30代くらい。ソファに座り、じっとテレビを眺めている。パーマがかけられているような黒髪。顎に無精髭。黒のスーツ、黒のトレンチコートを羽織っている。 「2人死なせておいて13年……ってのも遺族にとっちゃふざけた話だよな。個人的には、死刑でいいんじゃねぇのって思うがな」  低音の声で男は呟いている。内容はまるで、光瑠と清瀬幸子の会話を聞いていたかのようだ。
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