警視庁公安部特別捜査課

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 東京都千代田区霞ヶ関。警視庁本部庁舎の地下1階は、総務部や駐車場管理室など、現場の刑事を支える裏方部署がある。  地下1階で光瑠が辿り着いたのは、ポツンと離れた位置にあるドア。黒いドアの右側には、長方形のモニターが設置されていた。  ――もしかして顔認証? ここだけやけにセキュリティしっかりしている。  光瑠はモニターに顔が入るよう、体を動かした。顔の輪郭や目、鼻、口などのパーツが瞬時に照合されていく。  ――――――  警視庁公安部特別捜査課  巡査部長 天音光瑠  ――――――  モニターに表示された文字と共に、ロックの解除音が鳴ったものの、光瑠はドアノブを握る気になれない。  3月中旬に下された異動命令は、警視総監の阿久津武史(あくつたけし)直々から受けた。公安部のため、情報漏洩の観点から仕事内容は伏せられ、着任後知ることになる。急な話で戸惑ったと同時に、盛岡で出会った警部補を思い出していた。あの男に会うためにも、異動を受け入れるべきだと感じたのだ。  ――お礼しなきゃ。  抱えていた段ボール箱を一度床に置き、身だしなみを整える。捜査一課でも着用していた黒いスーツ。襟が立っていないか、ネクタイがしっかり結ばれているか、寝癖がついていないかなど、全身をチェックする。一通り見直すと、ふぅと息を吐いた。  ――あっ! バッグ下ろさなきゃ! 危なかった……よかったちゃんと気づいて……。  斜め掛けのショルダーバッグを肩から外し、段ボール箱の上に乗せる。持ち上げた中身は、これまでの警察官人生と、不安と緊張を含んだもの。そのため酷く重く感じた。  異動が吉と出るか、凶と出るか。  再び呼吸を整え、意を決してドアノブを握る。  ――うわぁ……。  部屋に入り、背後でドアの施錠音がした。しかし、光瑠の耳に入っていない。  目を奪われたのはドア正面の壁。一面が大型ディスプレイだ。その前には長机が設けられており、パソコンやモニターなどの機器が並んでいた。110番通報を受け取る、司令室のような空間である。  そして中央にミーティングテーブル。そこに並んで腰掛けている男が2人。どちらも目が合わない。  一際目立つ銀髪の若者は、左耳にシルバーのフープピアスを付けていた。さらに軟骨部分にも2つ。小顔のため、より存在感が増している。服装は無地の黒いカットソー、グレーのパーカー、ダメージジーンズ。足元は、スポーツブランドの真っ赤なハイカットスニーカー。 「……いやいやいや、ここで死なないでよ。結局、俺だけ生き残るやつじゃん。チーム戦だっつーの……」  独り言を放ちながら、素早く親指を動かしている。どうやら、スマートフォンゲームをしているようだ。  一方、若い男の隣の人物。目元にはアイマスクが付けられていた。テーブル上に、銀縁のスクエア型眼鏡が置かれている。ワイシャツにスラックス姿。足元はスニーカー。警視庁内でよく見かける服装に思えた。だが、右手にはローラー式美顔器。コロコロと顎から頬を重点的にほぐしている。 「あとでサプリの定期購入、解約しないと……忘れないようにしなければ……」 「なんのサプリ? 筋肉系?」 「美容系です。コラーゲンとかビタミンが入っているものですよ。よく買う会社のリニューアル品で、前バージョンを飲んでいたので、そのまま契約更新状態なんですが、ちょっと味が苦手で。前は柑橘系だったのが、ベリー系になってしまったんですよ。甘ったるい感覚で、私の好みではないんですよね」 「甘いの苦手なんだっけか」 「どちらかと言うと、後味さっぱりするものがいいですね。レモンの酸味があるチーズケーキとか。オレンジのゼリーとか。ショートケーキやチョコレートになると苦手なんですよ」 「ふーん」  ゲームをしながら。そして美容グッズで自分磨きをしながら。2人の男は互いに目を合わすことなく、雑談を繰り広げている。
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