先生と、僕の初めの一歩

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 航平は、学校の勉強はできるのに、家事はまるでダメだった。 食事も作れないし、洗濯も下手くそだし、掃除など、やったことがないようだった。    家の中をぐるりと見回り、住みよい家を目指して、碧と、紅子はまず、家の大掃除を始めた。 何年掃除してなかったのだろう、ハタキを掛けるだけで、埃がごっそり落ちてきた。 不要なものをかたっぱしからゴミ袋に入れた。 もしかしたら『必要なモノ』があったかもしれないけど、分からないモノはとりあえず袋に入れた。 二人の大掃除を、航平は怒りもせずに、照れくさそうに、頭を掻いて、眺めていた。  航平の書斎は、四畳半の部屋で、その続き部屋の、六畳の物置部屋は、積み上げられた本で、埋め尽くされていた。 地震が起きたら、きっと、航平は本の下敷きになって、圧迫死してしまっただろう。  とりあえず、部屋の本は、全部出して、大きさ順に分けた。 もともと部屋の中にあった、航平の祖父母の箪笥の、もう着る人がいない服をすべて捨てた。 紅子の、DIYの腕を生かして、タンスを、本棚に作り替えた。 そこに、大きさ別、作者別に、本をしまった。 本を、しまっているときに気が付いた、同じ本が何冊も出てくる。 何冊もある本は、古本屋に来てもらって、引き取ってもらった。 ちょっとだけすっきしりた。  航平の書いたレポートも、年代別にしてファイルにしまった。 そこで、航平が研究しているのが『地震について』だと聞いて、びっくりした。 「地震の予想は、とても難しんだ、でも、もし、実現すれば、被害者を減らすことができるんだ!!」と、航平が力説するので 「じゃあ、きちんと地震対策をしろ! 勉強したこと、ちゃんといかせ! このままじゃ、こうちゃんが、一番初めに潰れるぞ! 」と碧が怒った。 それから、航平は本をきちんと片付けるようになった。  少し心を入れ替えた航平が、掃除の手伝いをすると言ったので、紅子は笑顔で、庭の草むしりをお願いした。    航平は、碧や紅子の生活費も、快く出してくれたし、給食費も払ってくれた。 金にだらしない、紅子の元カレしか知らなかった碧は、目を白黒させて驚いた。    研究で何日も、書斎から出てこない事もあったが、それ以外は、碧や紅子がいつもいる、居間に居て、二人の話を楽しそうに聞いていた。 穏やかな笑顔で、そこに居てくれるだけで、心底安心した。  碧の宿題も見てくれたし、オセロゲームや、将棋も教えてくれた。 「碧君、ハイキングに行かない? 」 と、山や川に連れて行ってくれた。 魚釣りや、虫取りにも一緒にやった ……あまり、上手ではなかったけど。 アレはハイキングというか、地層の見える場所での、研究だったのかもしれない。 けど、楽しかったし、うれしかった。  小学校で、キャンプに行くことに成った時は、航平の愛用している、プロ仕様の道具を、貸してくれた。 道具の使い方、片付け方なども、丁寧に教えてくれた。 「それから、コレ」 航平は、大事そうに取り出した腕時計を、碧の左手にはめてくれた。 「時計の無い場所では、これが重要なんだよ」 「あっ、貰もらえない、こんないいもの…… 」 「碧君、時計係に成ったって、言っていただろ」 「うん、お母さんのを、借りていくから」 「いや、こっちの方がいいよ。 子供用だからね、数字もきちんと入っているし、見やすい。 碧君が、使いやすいものを、持っていて欲しいんだよ」 航平は、少し困った顔をしていたが、碧だって困っていた。  腕時計なんて、そんな素晴らしいものを、今まで碧は一度だって持ったことは無かった。 『紅子のオマケ』に気に居られようとする、大人なんて、居なかったからだ。 それを航平は、当たり前のように、碧の為の腕時計を、碧に与えた。 「碧君…… 自然はね、いつもはとても楽しくて、優しいけど。 いい加減な気持ちで、入ろうとすると、突然恐ろしい顔を見せることがあるんだよ。 時間を見て、きちんと行動することが、今回の碧君の、最重要ミッションだと思うんだよ。 だから、碧君が使いやすいものを持っていて欲しいんだ。 これはね、お守りだよ、碧君が無事に、山から戻ってこられるように…… ね」 航平は、碧と視線を合わせて、丁寧にそう教えてくれた。 目頭が熱くなって、胸がジンとした。  碧は、航平の目を見つめられずに、コクリと頷いた。 その時貰った、子供用の腕時計は、今でも碧の宝物の一つだ。  航平の家の庭には、小さな畑があり、そこでトマトや、ナス、ピーマン、しし唐などを育てていたので、碧はそれを手伝い、毎日水をまいた。 立派な野菜が出来る度に、航平は、碧の頭を撫でて、ほめたたえた。 そのたびに、ふわふわとした、くすぐったい気持ちになった。  いつも碧は、紅子と布団を並べて寝ていたが、時折、碧が眠った頃に、そっと紅子が、布団を抜け出して、書斎の隣にある航平の部屋へ行くときがある。 その時は、どうしてだか息が苦しくなって、胸をかきむしりたくなった。  それは、紅子に恋人ができれば『いつもの事』 それなのに、苦しくて、悔しくて、泣きたくて仕方がなかった。 そんな夜は、紅子が静かに閉めたふすまを、碧はずっと睨みつけた。
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