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長倉、健斗と、別れた碧は、昼過ぎに、航平の住む、坂の上の家にやってきた。
いつものように、チャイムを押した。
家の中から、慌てたような、足音が近づいてきて。
ガラリと、玄関の扉が開いた。
そこに、慌てて走って来ただろう航平が、顔を少し赤くさせて、立っていた。
「碧君…… いらっしゃい、お友達は? 」
「うん、帰って行ったよ」
航平が、走って出迎えに来てくれたことが、くすぐったいほどに嬉しい。
腹のそこが、温かくなって、自然に笑ってしまう。
碧は、航平にズイッと近づく。
航平が慌てて身を引いたので、碧はそのまま、玄関に入って、航平の手を握った。
後ろ手に、扉を閉める。
「待っていてくれたの? 」
「あっ、いや…… うん、そう…… 」
歯切れの悪い返事を、もじもじと話す航平の手を引く。
バランスを崩して、転びそうになるところを、ギュッと抱きしめる。
「ただいま、会いたかった」
「いや…… うん、おかえり… 」
航平は、小さな、小さな声で呟くように話した。
その声を聞いた、碧の左の耳に、心臓が移動して、そこで、ドクン ドクンと、脈を打っているようだった。
「碧君がいないと、この家は、とても寂しい…… 」
航平が、小さな声で、また、そっと呟く。
碧は、胸をグッと掴まれたような気がした。
「遅くなって、ごめんね」
指先に、大切だと思う気持ち全部を載せて、航平の背中を撫でる。
たった、一晩、離れていただけなのに、切なかった。
小さな声で囁く、航平の声を、もっと、もっと聴いていたくなる。
玄関の内側で、靴も脱がないままで、じっと航平を抱きしめた。
「ごめんね…… 」
もう一度、呟いた碧の声に、航平も小さく頷いた。
暫く抱き合ったままでいた航平が、小さく身じろいだ。
「大人なのに、恥ずかしい」
航平が、碧の肩に、額を擦り付けるようにしてそう言う。
「可愛いよ」
その言葉は、碧の胸の中をいっぱいに満たして、口から零れ落ちた言葉だった。
碧は、そっと体を話すと、航平の頬に手をあてる、少し顔をあげさせると、そのまま口づけた。
空いてしまった、たった一日を取り戻すための、深い口づけ。
角度を変えて、何度も口づけた。
だんだん、立っているのが、おぼつかなくなり、航平は、碧に寄り掛かってしまう。
ヘロヘロになった航平を、しっかり抱きしめて、立たせると、ようやく手を離す。
「こうちゃん、今日は何しようか? 」
「今日も、資料のまとめを、手伝ってもらえるかなぁ」
航平は、照れたように、そう言うと、そっと、碧の身体を離した。
「うん、いいよ」
碧は、そう答えながら、離れて行く航平の手を、そっと握り直した。
その手を離さないまま、靴を脱いで、家へ上がった。
いつもの、航平の書斎に移動して、続きの資料に、取り掛かる。
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