ハレの日のお菓子を、一緒に食べた日

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 厚みのある、木製のカウンターの向こうから、差し出された、お絞りを受け取ると、航平は軽く手を拭いた。 「何か、お作りしましょうか? 」 紅子は静かに、手を広げた。 「すみません、詳しくないので、お任せします」 航平は肩をすくめて答えた。 「かしこまりました」 そう言うと、紅子は、ライムを絞ったジントニックを作り、航平の前に置かれたコースターに乗せた。 おつまみに、小皿に、ナッツを数種類入ったものを出した。 「ジントニックでございます、好きだったわよね」 「ありがとう」 それは、昔、紅子に教えてもらったカクテルだった。 「すっかり碧が、お世話になっているみたいね、毎日、うるさく付きまとっているんじゃない? ごめんなさいね」 「その事で、紅子さんに、話しておかなければいけないことがあるんだ」 航平は、緊張した顔で、話し出そうとした。 「あら、知っているわよ」 紅子は澄まして言った。 「え? なっ何を? 」 航平は、慌てて、グラスを倒しそうになった。  航平のグラスを、軽く押えて、紅子は笑っていた 「こうちゃんは、碧の初恋の人なの。 だから、碧は、自分で考えて、勉強も、アルバイトも頑張って、こうちゃんに会いに行ったのよ。 毎日、直向きに努力したの。 おかげで、こんな母親でも、まともに育ったでしょ。 …… でも、こうちゃんには、迷惑だった? 」 紅子は、いたずらっぽくウインクして見せた。 「……紅子さん、私は、ダメな大人で…… 」 うつむいた航平の視線の先、カウンターの上で、紅子は手のひらを返して、航平の視線を上げさせた。 「そんなことないわ」  航平は、その仕草につられて、顔をあげて、紅子を見た。 「あの子は、こうちゃんが好きなのよ。 命を懸けて、人生をかけて好きになったのよ。 私が望むのは、あの子の幸せだけよ。 あの子の気持ちに、こうちゃんが答えられないなら、仕方がない。 私も諦めるわ。 でもね、そうじゃないなら、あの子を否定しないで欲しいの」 「碧君は…… 碧君は、君の全てじゃないか、碧君が居たから、生きているって言っていたじゃないか、その大事な碧君が…… 」 「だからよ、思うように生きて欲しい。 そして、願わくば、思うとおりの幸せを手に入れて欲しい。 世間は関係ない。 当事者じゃない他人に、どう思われても、どういわれてもいいの。 碧が幸せならいいのよ、自分の幸せは、自分で決めるように、育てたから」 紅子は、綺麗に塗られた赤い唇を、魅力的に引き上げて、ニッと笑った。 碧によく似た、その表情に、航平は見とれた。 「反面教師だったけどね」 紅子は、子供っぽく、舌を出して見せた。 「そんなことないよ、素晴らしいお母さんだよ」 航平の言葉に驚いて、少しポカンとした紅子は、視線を落として、そっと目尻をぬぐった。 「碧を、お願い。 幸せにしてあげて」 「こちらこそ……  紅子さんも、何か飲んでよ、私がおごるから」 「あら、ありがとう、じゃあ、同じの貰うわ」 紅子と航平は、二人で乾杯をした。 懐かしい、あの頃と同じカクテルで。
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