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紅子に会った翌日、航平は、自分の家に帰ってきた。
先に来ていた碧に、『おかえり』と言って出迎えられた。
碧の顔を見るだけで、なんだか、堪らない気持ちになった。
「碧君、ただいま、コレお土産だよ」
航平は、紅子に紹介された、碧が好きだと言っていたお菓子を、お土産代わりに碧に渡す。
「ありがとう、これ、好きなんだ♡ 」
嬉しそうに、紙袋を覗き込む碧の顔は、子供の頃と同じだった。
「碧君、引っ越しておいでよ」
いつもと同じ感じで、いつもと同じ言葉で言う
「ん? いいの? 恋人になるって事だよ」
碧は、袋から顔をあげた。
航平は、きっと、困った顔をしていると思っていた。
「うん、そうしよう」
意外な返事に、暫く固まったまま航平を見つめる。
「いいよ。
恋人になろう」
航平が言い直した言葉を理解するのに、三十秒は必要だった。
「恋人になってくれるの…… 『やっぱりやめた』は無しだよ」
「あぁ、勿論」
碧は、感無量で、紙袋をもったまま、航平を抱きしめた。
「碧君」
航平は、抱きしめられて、少し困って、おずおずと碧の背中に手をまわしながら呼びかける。
「なぁに?」
優しく聞き返す碧の声は、甘く蕩けそうだ。
「君こそ、『やっぱりやめた』は無しだよ」
航平も、碧の背中にまわした手に、ギュッと力を込めた。
「そんな事、有るわけないよ」
暫く、航平を抱きしめて、存分にその幸せをかみしめた後、碧は、そっと手を離した。
ご機嫌な碧は、航平に買ってもらった、お土産を開くと、コーヒーを入れた。
航平が買ってきてくれたのは、地元のお菓子屋が、売っている焼き菓子で、特別な時にだけ食べていた、思い出の焼き菓子だ。
その味はやっぱり、特別なハレの日の味がした。
碧は、一人暮らしを始めた、おんぼろアパートから、引っ越した。
入居から僅か二ヶ月後だ。
あまり物もなく、引っ越したばかりなので、荷物もわずかだった。
春より、わずかに増えた九個のダンボールと、布団一式で終わり。
碧のアルバイト先の、引っ越し会社で、一緒に働いている古賀が、小さな軽トラと一緒に手伝いに来てくれたので、すぐに終わってしまった。
引っ越す前に、美奈に、暫くすねられて、口をきいてもらえなかった。
どうにか、引っ越し当日には、機嫌を直して、可愛らしい花束をくれた。
美奈に新しい住所を教え、いつでも遊びにおいでと伝えた。
お隣のやよいに『罪深い男ねぇ』と謎の言葉を貰った。
そうして、碧は航平と同棲することになった。
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