ハレの日のお菓子を、一緒に食べた日

3/5
前へ
/51ページ
次へ
 紅子に会った翌日、航平は、自分の家に帰ってきた。 先に来ていた碧に、『おかえり』と言って出迎えられた。 碧の顔を見るだけで、なんだか、堪らない気持ちになった。 「碧君、ただいま、コレお土産だよ」 航平は、紅子に紹介された、碧が好きだと言っていたお菓子を、お土産代わりに碧に渡す。 「ありがとう、これ、好きなんだ♡ 」 嬉しそうに、紙袋を覗き込む碧の顔は、子供の頃と同じだった。 「碧君、引っ越しておいでよ」 いつもと同じ感じで、いつもと同じ言葉で言う 「ん? いいの? 恋人になるって事だよ」 碧は、袋から顔をあげた。 航平は、きっと、困った顔をしていると思っていた。 「うん、そうしよう」 意外な返事に、暫く固まったまま航平を見つめる。 「いいよ。 恋人になろう」 航平が言い直した言葉を理解するのに、三十秒は必要だった。 「恋人になってくれるの…… 『やっぱりやめた』は無しだよ」 「あぁ、勿論」 碧は、感無量で、紙袋をもったまま、航平を抱きしめた。 「碧君」 航平は、抱きしめられて、少し困って、おずおずと碧の背中に手をまわしながら呼びかける。 「なぁに?」 優しく聞き返す碧の声は、甘く蕩けそうだ。 「君こそ、『やっぱりやめた』は無しだよ」 航平も、碧の背中にまわした手に、ギュッと力を込めた。 「そんな事、有るわけないよ」 暫く、航平を抱きしめて、存分にその幸せをかみしめた後、碧は、そっと手を離した。  ご機嫌な碧は、航平に買ってもらった、お土産を開くと、コーヒーを入れた。 航平が買ってきてくれたのは、地元のお菓子屋が、売っている焼き菓子で、特別な時にだけ食べていた、思い出の焼き菓子だ。 その味はやっぱり、特別なハレの日の味がした。      碧は、一人暮らしを始めた、おんぼろアパートから、引っ越した。 入居から僅か二ヶ月後だ。  あまり物もなく、引っ越したばかりなので、荷物もわずかだった。 春より、わずかに増えた九個のダンボールと、布団一式で終わり。  碧のアルバイト先の、引っ越し会社で、一緒に働いている古賀が、小さな軽トラと一緒に手伝いに来てくれたので、すぐに終わってしまった。  引っ越す前に、美奈に、暫くすねられて、口をきいてもらえなかった。 どうにか、引っ越し当日には、機嫌を直して、可愛らしい花束をくれた。  美奈に新しい住所を教え、いつでも遊びにおいでと伝えた。 お隣のやよいに『罪深い男ねぇ』と謎の言葉を貰った。  そうして、碧は航平とすることになった。
/51ページ

最初のコメントを投稿しよう!

211人が本棚に入れています
本棚に追加