恋した涙

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 翌日、どんな顔をして香月と会えばいいのかわからず、なんとなくゆっくり歩いていると背後から通学バッグを軽く叩かれた。振り返ると香月がいて、思わず焦ってしまう。 「なんて顔してるんだ」 「え……」 「寝られなかったのか?」  心配そうに顔を覗き込まれ、どきりとする。もしかしてくまができているだろうか。慌てて俯き顔を隠す。 「だって……」 「うん?」 「……だって」  なにを言ったらいいかわからない。口を噤むと頭を撫でられた。 「ちゃんと考えてくれてありがとな」  優しい声に顔をあげる。 「そういう優歩だから好きだ」  微笑みは花が咲くようで、本当に優歩が好きなのかとどきどきしてしまう。 「宿題、全部できたか?」  突然話題が変わり、うっと詰まる。実は全然できなかった。優歩の表情を見た香月は仕方がない、という顔をする。 「見てやるから急ごう」  手を引かれて歩くとなんだか心がほわほわする。  香月は頼りになる、と今さら思う。そんなことはこれまでだってわかっていたのに、なぜか今朝はそれがとても尊いことに感じられた。 「は? 優歩これから宿題やるの?」 「わからなかったんだよ」  教室に着くと渚沙が待っていた。教科書とノートを広げると、前の席の椅子を借りて香月が座る。机の隣に立つ渚沙。 「俺も同じクラスがよかったなあ」  香月と優歩の様子を見ながら残念そうに言う。渚沙と同じクラスになったのは中二のときだけだ。 「そんなこと言って、今のクラスになったから芽依さんと出会えたんでしょ」 「ははは。そうなんだけど」 「優歩、口じゃなくて手と頭を働かせろ」 「はい……」  香月に注意されてしまい、しゅんと反省する。香月が丁寧に教えてくれたら、昨夜答えの「こ」の字もまったく出てこなかった問題がするすると解けていく。 「わ。できた。ありが――」  昨日言われた言葉が頭に浮かんで言葉が止まってしまう。  ――勉強教えてやると笑顔で「ありがとう」って言ってくれるのがめちゃくちゃ可愛いんだよ。 「どした、優歩」  渚沙が固まった優歩の頭をくしゃくしゃと撫でる。 「あ、あう……」  優歩が「ありがとう」と言うたびに香月はどんな気持ちになっていたのだろう。顔を見たらなぜかとても複雑な顔をして優歩を凝視している。その表情を疑問に思うと、香月が立っている渚沙を見あげる。 「優歩を褒めるなら俺も褒めろ」 「はいはい。香月も優歩もいい子で仲良しだなあ。おそろいがいいなんて」  渚沙は笑って香月の頭もくしゃくしゃと撫でる。 「おそろい……」  まさかそんな、と思って香月に視線を向けて驚いてしまう。目が合ってふいっと逸らされたのだが、その頬は少しだけ赤くなっている。  なんだこいつ、可愛い。  香月の新たな一面を知ってしまった。  授業中、なんとなく後ろから視線を感じる気がする。後ろは香月の席。もしかして見られているのだろうか。そう考えたら脈が速くなる。あんなふうに告白されたら意識してしまうのは仕方がない。  消しゴムを落としたふりをして後ろを見ると、やはり香月が見ている。授業に集中しろ、と言いたくなってぐっと言葉を呑み込む。自分こそ授業に集中するべきだ。  でも見られているとわかると背中がむずむずしてどうにも落ち着かない。もう一度さりげなく後ろを見てみると目が合い、慌てて前を向く。  こんな状況は初めてなのでどうしたらいいかわからない。むずむずしたまま授業を受け続けた。 「香月、あんまり見ないで」  昼休み、渚沙が彼女とランチタイムを楽しんでいるので優歩は香月とふたりで屋上にあがりパンを食べる。香月はずっと優歩を見ている。 「もう俺の気持ちは知られたからね。たくさん見る」 「やだよ。恥ずかしい……」  香月が顔を近づけてきて、どくんと心臓が大きく跳ねる。 「それは俺を意識してるから?」 「え?」  顔がどんどん近づいてきて、どうしようどうしようと慌てているのにどこか冷静な自分もいて、香月って睫毛長いな、と思っている。 「ソースついてる」 「え……」  唇の端を指で拭われ、頬が熱くなる。 「あ、ありがと……」  声が震えてしまう。  間違いなく自分は香月を意識している。でもそれがどういう感情からきているものなのかはわからない。ただ見られて恥ずかしいのか、香月に見られているから恥ずかしいのか。  パンを食べながら考えていると、また視線を感じる。 「そんなに見ないで」 「いや。優歩は狙ってるのかなと思って」 「え?」  また香月が優歩の顔を覗き込み、唇の端を指で拭う。今度は反対側。 「わざとでも可愛いけど」 「っ……」  頬が猛烈に熱い。昨日から心臓がおかしな動きをしてばかりだ。 「何回つけてもいいよ。毎回拭ってやる」 「もうつけないよ!」  焼きそばパンにかぶりつくと、香月は声を押し殺して笑いながら優歩を見ている。それがとても楽しそうで、優歩の心も弾んでしまう。  香月が好きなのは本当だけど、その気持ちが友達以上のものなのかがわからない。香月も好きだし渚沙も好き。その「好き」の違いがわからない。
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