最後の前に。

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 己も執務をと動き掛けたジンへ、ふいにインが引き留めるが如く声を出した。一先ず動きを止め、何かと軽く首を捻ってやるジンへ、インが見せる含み笑い。続き、出て来た言葉は。 「今宵の黒龍様は恐らく、頗る御機嫌であられる筈……よもや、白龍様の寝床へ来る事は無かろうが、様子を見てきて欲しいのだ」  インの依頼に、眉を潜めるジン。 「心配要らぬだろう」  面倒だ、と。しかし。 「本当にそう思うか」  インが被せた言葉へ、ジンは黙り込んでしまった。  黒龍とは、冬を司り、北の地を護る龍である。実は、ジンとインの主となる白龍によくちょっかいをかけては、諍いを起こすのだが、実は表向きの態度であり、白龍と良好な関係を切に望んでいる様で。不器用故か、友情の育みを掴めず、其の思いが時折歪む事も屡々。  其れを当の黒龍以外が、深刻に悩んで居るという雰囲気が仕上がっているのだ。新月の夜は、普段暗い海の底を好む黒龍が上機嫌で海の外へ出る夜。最も高揚した気分に乗り、眠りこける白龍の寝床へ来る事も無いとは言いきれない。事実、近頃新月が近付くと主、白龍が不安な表情を浮かべていた事が思い出されるもので。 「……私が行くのか」  不満の表情を浮かべるジンへ、インは其の美しい顔に満面の笑みを浮かべていた。 「美味かったであろう、今宵の酒は」  まさか此れはと、ジンの表情から酔いが引いた。 「おのれ、謀ったな」  眉間へと皺を寄せ、口角をも引きつらせたジンからは、苛立ちと後悔が見える。其れを見たインは、更に楽しげに口元を綻ばせる。少し、意地の悪い幼子の様な顔だ。しかし、直ぐにそんな笑みをおさめると。 「実はな、ついこの間リンと喧嘩をした……今、会うのが気まずいのだ」  本音、であろうか。しかし、ジンにしてみると少々弱い理由に聞こえた。
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