最後の前に。

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「兄者と?気にしておらぬと思うが……」  リンとは、黒龍に仕えるジンの腹違いの兄で、人と蛇との間に生まれた、云わば合の子。故、出生はそう高貴なものとは認められない存在。が、才覚ありて黒龍の使いに召し上げられた実力者だ。ジンと瓜二つの容顔ながら、性質は全く異なる。掴みどころが無く、一見軽薄な印象を与えるが、優秀な神使で、現任神使の中でも高い能力値を誇る。しかも、現任では黒龍に仕える神使は年長組ともなるので経験、貫禄も群を抜くのだから。  其の喧嘩とやらも恐らく一方的で、未熟であったインの感情的な部分が原因であろう。リンにしてみたら、駄々をこねる幼子を眺める様なもの。しかし、互いに長い付き合い故、リンもインも其処は承知と思うのだが。理由づけとして持ち出す事に、今一つ納得出来ないジン。面倒臭いと言うのも理由だろう。とは言え、酒の借りがあるのも又事実。  案の定。ジンの物言いも、只微笑んで受け流しているイン。ジンの動きを待っている様だ。此れに、酒に釣られた己を戒めつつ。 「次は、こう容易くいかぬぞ」  腑に落ちぬ舌打ちと共に、ジンが捨て台詞を吐いた。そして、其の身を包む衣の袖を舞う様に翻すと、姿を消してしまう。機嫌を損ねたが、どうやら引き受けてくれた様だと。  ジンの消えた静かな部屋で、インは寂しげに口を開く。 「次は、もう無いさ。ジン……済まぬ……」  インは瞼を伏せ、強く拳を握ると身を翻した。向かうは、宮殿の一番にある白龍の寝床へと足を動かすは――急がねば。時間は僅か。ジンが戻る迄に――心にある、強い思い。美しく光る銀の瞳は、凍り付いた様に冷たい妖しさを放っていた。
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