最後の前に。

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 一方。渋々ながらも、北の海へとやって来たジン。其処は、黒龍が戯れる気配も無い、静寂の夜の海。やはり取り越し苦労かと、安堵の溜め息を漏らす。そして、優しい潮風と波の音今一度心を傾けて。 「黒龍様も、今宵はこの闇夜を存分に堪能なさっておられるのだろう」  ひとりごちる、其の口元を緩めたジン。嫌々出てきたが、心配事も難無く片が付き気分は晴れやか。潮風を感じて、又瞼を閉じた。長く、美しい黒髪がその風にのり、優美に踊る。元は、海の宮殿へ居たのだが、現在は事情有りて、山奥の小さな沼の中。海へ来るのは久し振りであったからだろうか、とても懐かしく、恋しくも思えて。ふと、此の海の底で同じく龍に仕える、兄へと思いを馳せる。 「暫く兄者にも会って居らぬ……忙しい事だろうな……」  ジンは呟く。己の口から出た言葉に、寂しさも入り交じった事に自嘲して。 「幼子じゃあるまいし」  そう己へ呆れつつ、穏やかな波の音と潮風に背を向ける。が、其の時であった。ジンの身を包む様に、一陣の風が吹いたのだ。まるで、己へ何かを伝えようとしているかのような。そんな気がしたジンは、胸騒ぎを覚えた。其れは、突如感じたとてつもない精気の流れに確信へと。  天を仰ぐジン。其れが合図であったか、遠くの木々が激しく揺れる音、深い闇に身を任せ、眠りに着いていたであろう鳥が乱れ飛び立つ羽の音迄も耳へと届く。妙だと、直感的に何かを察したジンは、急ぎその不穏な空気の出所を探りながら、空を舞う。  程無く。不穏な空気を醸す、ひとつの山へと辿り着いた。木々は嘆き、鳥が、獣達が不安そうな声をあげているのが分かるのだ。一体何事かと、ジンは焦る。其処で目に入ったもの、海の方へと逃げる一羽の鳥を捕らえたジンの手。驚き、抗うが如く翼をはためかせる鳥。其の美しい白い羽を撒きながら、ジンが与えた力によって、言葉を得た形へと身を変えて行く。
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