最後の前に。

10/13
前へ
/45ページ
次へ
「愚か者が……側にいる資格があるかないか等、私が決める。白龍様も、そう仰られる筈だ」  ジンは意識無いインへそう語りかけ、優しく其の顎を持ち上げる。そして、己の唇をインの唇へと押し当てた。暫し静寂が包み、やがて離される唇。意識は戻らぬものの、インの頬に僅かな赤みがさした事へ安堵したジン。インを抱え、立ち上がるのだが。 「っ……」  目眩を覚え、足元をふらつかせてしまう。先程の口付けで、己の精気をインへ分け与えた為だ。只其れは、思った以上に要した様で。インを抱え浮く事はおろか、地を歩く事すら困難な程に気を消耗してしまっていると。 「何と、間が抜けた事……」  ジンは、力無く笑った。しかし、動かぬ訳にはいかぬと、気力だけを奮い起たせて立ち上がる。急がねばならないのだ。  インを抱え、ジンは、時折遠退きそうになる意識を懸命に繋ぐ。潮の香りを感じ出す。もう少し、海は近い。耳へ届く波の音に一歩、一歩と、着実に足を運んで。  漸く。後僅かで、波の音が聞こえて来るだろう処。此処迄来た事へ安堵するも、其れは一瞬だけとなる。ジンの耳へ、人の声と足跡が聞こえてきたのだ。恐らく、突然騒ぎ出した山を不振に思ったのだろう。数人の男の声が語るのは、山の様子に怯え、不安を彩る言葉。  ジンは、忌々しさを其の顔に浮かべ、思わず舌打ちをした。今の己には、人を祓う力は愚か、姿を消す力も、身を地から離す力も残ってはいない。況してや、其の状態で意識を失ったインを抱えているのだから。そんな難題の答えを導く迄に、声の主達と対面する事となった。  互いに足を止め、声も出ず。しかし。 「何だ、お前ら……」  先頭を歩いていた人の男が勇気と共に声を出した。そして、闇夜を照らす為に手に持っていた火の灯りを、ジン達へ向け其の顔を照らして。突然向けられた灯りに、顔を背けるジンの身なりへ、男達は訝しむ様子。
/45ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加