最後の前に。

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「済まん。遅くなった……よしよし、怖かったな」  まるで幼子にするかの様に、自分の髪を撫でる兄の掌。ジンは、安堵と共に口元へ笑みを浮かべる。そして、遂に意識を手放してしまった。己と面差しのよく似た弟の顔を、深い悲しみの表情で見詰めるリン。  其の後方より。 「何だ……!?お前も化け物か!」 「違いねぇ!くそっ……!」  又弓を構え出した男達を尻目に、リンは横たわるジンとインの体を光に包み、海へと放つ。其の光を見送ったリンが、徐に男達へと向き直った。男達は、リンから漂う神々しさへ息を飲む。出で立ちは、先程異形と判断した、ジン、インと同じく。古き時代の貴人が纏う様な、優雅な袖が揺れる漆黒の衣に身を包み、其の頭上へは、煌びやかな冠も。一体何者なのかと。弓を手に、男達は其の只ならぬ雰囲気に背筋を凍らせ、射る事を忘れて震えるしかできず。  リンの深い赤の瞳は、其の様を冷たく見据えて。 「お前達。何に手を出したのか、分かっているのか……」  静かで、不気味な声だ。震え出した男達は、恐怖に一歩後退する。すると、冬でもないのに、突然冷たい風が吹き荒んだのだ。リンの長い髪は、其の風に踊る様に揺れて。男達は最早何が起こっているのかと身を竦ませ、辺りを見渡すばかり。 「な、何だか急に寒くなってきたけど……」 「くそ……何だ、此れは……っ」  辺りの草木も凍りついていく程の冷気。怯え出す男達だが、その中の一人が寒さと恐怖の中、震えながらも気丈に弓を引いたのだ。リンへと、放たれる矢。しかし、矢はリンの身に届く迄に凍りつき、勢いも失い、地へと落ちてしまった。男達は、此の異様な光景に最早恐怖しか無く。 「俺の可愛い弟に、こんなもの向けやがって」  リンが足元へ落ちた矢を拾うと、其れは更に音をたて凍りつき粉々に砕かれた。込み上げる怒りと共に出る、低く震えた声。
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