最後の前に。

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 其れは、ある静かな夜であった。宮殿にあるジンの私室を訪れたイン。ジンが扉を開いてやると、手に持った酒を見せ笑う姿。 「――ジン、久々に共に飲まぬか」  開口一番。招き入れたジンだったが、其のあまりに珍しい申し出に、半ば不信感さえ抱いてしまう程に驚いた。 「何だ、珍しい……汝が馳走するとは。私が相手では、いくらあっても足らぬと不平を漏らすくせに」  訝しむジンを横切り、部屋の奥へと足を進めるイン。金を基調とした、ジンの私室には煌びやかな調度品が揃う。取り敢えず卓へと腰を下ろしたインが、其の上へ今宵の手土産を置く。 「良いだろう、たまには。その代わり、限りはあるぞ……此れだけだからな」  ジンは、まだ警戒心が拭えぬか、卓へ置かれた酒の香りを確かめる。その香りから漂うは、何とも上質なと。しかし、更にインを訝しむ結果に。 「何と、良い酒だが……一体何があった?こんな酒を私に馳走する等と……」  素直に、色々と怪しいと。インは笑う 「とても、気分が良いのだ。嬉しい事があったのでな」  そう言って、自身の長い黒髪を耳へかける仕草を見せた。照れているのか、視線は反らすも笑顔には違いない。追及はせぬが、惚気のひとつやもと、軽く。 「ほう。では、其のお零れと言う事か……まぁ、良い。付き合ってやろう」  笑うジンも腰を下ろした。優雅に揺らめく長い衣の袖より、手を見せる。其の手の中へ現れた盞を、インへと向けた。インが、ジンの盞へ酒を注ぐと、漸く酒盛りが始まる。  其れから。共に、久しぶりに多くの話をした。幼い頃より共に龍に仕え、何時も二人一緒だったので、改めて会話を楽しむ事等は滅多にしないが、始まると語る口は止まらないもので。 「――ジン」  昔話に咲いた花に笑っていたインがふと、其の空気を変える様にジンの名を呼んだ。 「何だ」
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