1.カールハインツの御曹司

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客の間で失笑が漏れる。クラウスは気にしないふりをした。 「ううん、1人だよ」 「身分証はあるかい? 坊ちゃん」 またしても失笑が漏れた。 ジャケットの内ポケットからパスポートを出し、カウンターに置く。16歳のクラウスにとって、ビールやワインの飲酒は法的に認められるものだ。 名前はクラウス・カールハインツ・クップファー。2001年4月14日生まれ。ドイツ国籍で、出身地はフランクフルト・アム・マイン。性別は男子、瞳の色はブラウン、身長は取得時の157センチメートルと記載されている。 バーテンダーがパスポートと顔を見比べた。 「カールハインツの御曹司が、こんな所で何を?」 それを聞いた途端、店内の客の顔付きが変わった。カールハインツというのはドイツ経済の中心地フランクフルトに本社を置く建設会社で、その勢いは中国やアメリカに迫るとされる。 「新たな土地開発の下見かな? “コロンブス”」 隣の客が冷やかすように言ってきた。 寂れた町で暮らす者は、再開発と称して立ち退きを余儀なくされる事も珍しくない。近隣に住んでいるのか、または自身の居場所が無くなると懸念した皮肉らしかった。 アメリカ大陸を発見したとされるコロンブスはドイツではなくイタリア出身で、さらに彼より先に発見していたヨーロッパ人もいた。だがクラウスは、黙っている事にした。 「同じ名前なんだ。よく言われる」 そそくさとパスポートをしまい、顔を隠すようハンチングをかぶり直した。 クラウス・カールハインツ・クップファーは、自分の名前も、赤毛も、あまり好きではない。銅を意味する苗字と身体的特徴が偶然にも一致していて、すべてKから始まる名前も合わせて、つまらない冗談のようだからだ。 「ビールをくれる?」 バーテンダーはシンクに両手を突き、眉根を寄せて見返している。 「ああ、残念だがここはアメリカだ。5年後にまたおいで」 「そうなんだ。ええと……」 クラウスはがっかりし、困惑した。また、重い荷物を引きずって、暗い雨の中に戻らなければならない。
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