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「なあ、堅い事言うなよ、ウェル」
先ほどの客がバーテンダーに呼びかけた。この少年が自分を追い出そうと目論む相手ではないと知って安心したようだった。
「俺たちだって、この坊ちゃんの年齢にはもう酒も煙草もドラッグも経験済みだっただろ?」
「セックスもな」
その隣の客も加わり、クラウスは初めてきちんと彼らを見た。どちらも根元の暗いブロンドの髪を肩まで垂らし、日焼けして、汚れたジーンズを穿いている。手前の方は筋肉質で、奥に座った方は太っていた。
ウェルと呼ばれたバーテンダーは呆れた表情で首を振った。
「早いとこ帰りな、坊ちゃん。ママが心配してる」
そう言われても、クラウスはどうしたものか悩んでしまう。帰る所など無いのだ。
「ママは死んだよ」
ぽつりと呟くように、それだけ答えた。胸元に手を添え、シャツの上から握り締めた。そこには、今も母がいると信じている。
「そうかい、それは──」
ウェルがばつが悪そうに何か言いかけたが、最初に話しかけてきた客が割って入った。
「よし、分かった。俺が注文する。それを間違って飲んじまえ」
「ずいぶん気前がいいな?」
「ほら、ビールを1本くれ」
ウェルが怪訝そうに言っても、彼は機嫌良さげに急かすだけだ。
瓶を受け取ると、まるで魔法でもかけるかのように飲み口を両手で覆った。筋肉のついた腕は太く、人差し指と中指に、梵字の飾りのついたシルバーの指輪をしていた。
何やら金属音がしたかと思うと、いきなり何かが弾け飛び、ハイチェアの脚に当たって更に高い音を立てた。
「わあ!」
クラウスは素直に驚き、その何かを視線で追う。硬貨のように見えたが、床に転がったのは、瓶の蓋だった。
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