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目眩がして、クラウスは、自身が異様に疲れているように思った。緊張や長距離の移動のせいにしては、おかしな症状だ。視界が揺れ、街の灯りより暗くなっている。
冒険心より心細さの方が大きくなり、シャツの上から胸元をきつく握り締めた。瞼が下りてきて、今すぐにでもへたり込みたいくらいだ。
その時、もう一つの事実に気が付いた。
後ろに、人がついて来ている。それも1人ではなかった。
いつからそうだったのか。立ち止まり、振り返ろうとした時にはもう遅かった。
腕が伸びて来て、後ろから羽交い締めにされた。太い、男の腕だ。口を覆って来た手からは煙草の臭いがして、指輪が強く鼻に当たった。
咄嗟の事で、声も出ない。助けを求めるにも、呼べる名前が無いと気付いた。
抱え上げられたクラウスはトランクから手を離し、空中で足をばたつかせた。
「うーっ! うーっ!」
押さえ付けられた口で呻きもしたが、大人の男に力で勝てるはずもない。
「大人しくしろ! コロンブス!」
聞き覚えのある声だった。
「同じ名前だなんて、よくもそんな見え見えの嘘をついたもんだ」
もう一人が言い、さらに、知らない声も続いた。
「ミスター・カールハインツなら一人息子の身代金くらい、大した額だと思わねぇよ」
3人組らしい。抵抗もむなしく、上着やズボンのポケットに手が入れられた。慣れた動きで、ユーロ紙幣を入れたままの財布、発行されて間もないIDカード、アメリカドル紙幣が抜き取られていく。
「おい、後にしろ!」
諌めるのが聞こえたが、手は止まらなかった。
しがみ付いている片手をひっぱられ、スイス製の腕時計が抜き取られる。
さらに、シャツの上から体をまさぐられ、目ざとく貴金属の感触を見つけると、襟からひっぱり出された。チェーンに通したゴールドの指輪が、きらりと光った。
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