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「やめて! ママの形見なんだ!」
クラウスは猛然と首を振り、ようやく大声を出した。お守り代わりに着けていた母の形見だ。空港の金属検査以外で、はずした事はない。
次の瞬間、後方から強い光が射した。道路の向こうから、1つのヘッドランプが猛スピードで迫って来たのだ。
プーッ!
割れるほど耳障りなクラクションが周囲に鳴り響いた。
「うわっ!」
「なんだ!」
男たちの驚く声が聞こえ、わずかに手の力が緩んだ。
クラウスは身をよじり、ジャケットから抜け出す。地面に落ちると、死にものぐるいで駆け出した。視界がぐらぐらと揺れていた。
それとすれ違う形で、すぐ脇の小道から、何かが勢いよく飛び出してくるのが見えた。クラウスより小さな人間──子供のようだった。それも2人だ。
後方で、どんっと大きくぶつかる音がして、
「あはは! ごめんなさい!」
「ごめんなさーい! ワオーン!」
と高い声が続いた。
「バウバウ! ワオーン!」
「アオーン! あはは!」
謝罪こそしているが、犬の鳴き真似や笑い声も聞こえていた。反省したり、悪びれる事も知らないようだ。
だが、クラウスには状況を見ている暇などない。子供が飛び出してきた小道に入り、目指す場所も分からずひた走った。
「ちくしょう! やられた!」
「汚ねぇ“ボトル・ドッグ”どもめ!」
男たちの悔しがる声が反響する。
「何してる! 追いかけろ、貧乏人!」
もう1人が怒鳴った。バーで気前よく接してくれたのと同じ人物とは思えないほど強い語気だった。
小道の奥はさらに狭く、暗くなった。クラウスはシャツやズボンを擦りながら、ダンプスターや積まれた木箱の間を抜けていく。
「無理だ! 狭くて先に進めない!」
「お前が太り過ぎなんだ、このブタ野郎!」
「あのチビ! 調子に乗りやがって……」
かすかにそう聞こえても、止まらなかった。
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