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「……………………えーと」  しばらく間を空けて、凛太郎は首を傾げた。 「それは、どうやって? どのように、精子をあげたらいいの?」 「えっ、方法!? そこ大事!? まずは理由を聞かないの!?」  自分なりに、話の筋道をまとめてあったのだろうか。順番が狂って狼狽えているらしい瑠璃に、凛太郎はへらへらと笑いかけた。 「だって瑠璃ちゃん、昔から俺よりずっと頭が良かったじゃん。そんな君の『偉大な研究』とやらって、俺が聞いても分かるの?」 「一応、あなたにも分かるように、考えてみたんだけど……」  瑠璃は自分の体の前で、指をもじもじと絡ませ合っている。聞いて欲しいのだろうか。 「あ、じゃあせっかくだから、聞かせてもらおうかな」  正直あまり興味もないが、気を使って先を促す。すると瑠璃は水を得た魚のように持ち直し、得意気に語り出した。 「ふふっ! いわゆるデザイン・ベビーってやつ! ううん、生まれるのは、もはや人間じゃないかもしれない! ポスト・ヒューマンよ! 病気も老いも知らない、頭脳明晰、運動神経抜群、しかも性格は温和! 欠点なんて欠片もない、新たな世界の覇者!」 「へー、それは素晴らしい」  うす―く褒めてから、凛太郎は疑問を口にした。 「でもそんな完璧な人間――人間じゃないかもなんだっけ? まあいいけど、そんな凄いのを、俺の精子から作るの? 俺、ふつーの人間だよ? 大学だってそんなにいいとこじゃないし、運動神経も悪いし。それについこの間まで、水虫だったし」 「えっ、水虫!?」  瑠璃は露骨に後ずさった。 「いや、ちゃんと治したよ。大丈夫。まあつまり、俺はそういう情けない男なんだけど、へーき?」 「……そういうダメな因子は、抜いて作るから」 「そうなんだ。でもそもそも別に俺の精子じゃなくてもいいんじゃない? もっとマシな奴のほうが、いらない部分を抜く手間も省けるだろうしさ」  うっと言葉に詰まってから、瑠璃は怒ったように言い返した。 「うるさいな! いろんな条件があるの! よく知りもしないくせに、口答えしないで! この文系が!」 「あ、ひどい」  実際、凛太郎は経済学部の学生であるが。  暴言というか単なる事実を吐き捨ててから、瑠璃は自分が先ほどくぐった扉を振り返った。 「メアリー! 持ってきて!」  呼びかけに応じて扉が開き、新たな人物が現れる。  ――人物? 人物だろうか……。 「その人」は男だか女だか、一目では判断しかねるほど背が高かった。あまり似合っていないあずき色のジャージを纏った体は、銅像のように均整が取れている。彫りの深い整った顔には、だが表情がない。 「メアリー」という名の彼女? 彼? いや、その「物体」は、がっしゃんがっしゃんと耳障りな音を立てながら、ぎこちなく瑠璃の側に寄った。 「わあ。美術の教科書に載ってる感じの人」  メアリーを眺めながら、凛太郎はダビテ像とかミロのヴィーナスとか、人類の宝であるそのような芸術品を思い出した。 「ふふ、驚いた? メアリーはロボットなの!」 「うん、凄いね」  素直に頷く凛太郎に対し、だが瑠璃は唇を尖らした。 「あなたって本当に反応薄いよね」 「よく言われる」  ふうと息を吐いてから、瑠璃はロボット――「メアリー」を紹介し始めた。 「メアリーのボディを作ったのは私! そしてこの子の頭の中身は、うちのお父さんとお母さんが作ったの!」 「瑠璃ちゃんのご両親は、情報理工学の教授とエンジニアだったね。そういえば」 「そう。今は二人ともアメリカにいるよ!」 「じゃあ、今、君は一人なんだ。それは少し寂しいね……」  確か瑠璃に、兄弟姉妹はいないはずだ。  家族仲の良い凛太郎は、瑠璃と自分の身を置き換え、しんみりしてしまう。 「メアリーがいるから全然平気!」  瑠璃が明るく言い返す間にも、彼女の相棒であるメアリーは、手に持ったなにかをズルズル引きずりながら、凛太郎に接近した。  メアリーが持つそれは、ホースだろうか。とても長く、扉の向こうまで伸びている。 「瑠璃様。サッソク ヤリマスカ?」 「うん! 凛太郎くん、リラックスしてて! メアリー、お願い!」 「合点デス」  映画やドラマに出てくるようなマシンボイスを発しながら、メアリーは火事の現場に駆けつけた消防士のように、ホースの先を凛太郎に向けた。 「えっ……」  凛太郎は戸惑う。  先ほどまでの瑠璃との会話から推察するに、つまり――。 「ちょ、ちょっと待って。まさかそれで吸う気なの? ちんこを!?」  恐らくメアリーの持つホースを使って、自分の精子を吸うつもりなのだろう。――掃除機のように。  とんでもなく乱暴な方法である。  それに……。 「あのメアリーさん、それ……。そのホース、見せてもらえますか?」 「ハイ」  なにしろ急所を突っ込むのだから、慎重に確認しなければ。  メアリーはホースを、凛太郎の目の前に突きつけた。  太さは50mmほどで、中は空洞になっている。ホース自体は通常の、なんら変哲もないものだったが――。  筒の先端。その口をぐるりと囲うように、金属製の尖ったフックが取りつけられていた。 「採集中に外れたりしないように、工夫してみたの。ガッチリ刺さるからね!」 「……………」  ホースに取りつけられた無数のフックが、凶悪に光る様を見て、凛太郎はクラクラと気が遠くなった。  あれが自分のちんちんに、ぐっさり刺さる……。想像するだけで、睾丸がヒュッと縮んだ。 「いやいやいやいや! 無理! 無理! 絶対嫌だ! 出るもんも出ない! ていうか、死んじゃうだろ!」  今まで落ち着き払っていた凛太郎も、さすがに平常心を失ったようだ。縛りつけられているチェアごと、どたんばたんと後ろへ飛ぶ。  取り乱す彼に呆然となりながら、瑠璃は腕を組んだ。 「もう! それじゃ、どういうのがいいの?」  拉致監禁なんて乱暴なことをしでかしたくらいだから、力づくでくるのかと思えば、そういうつもりはないらしい。  瑠璃の思考回路はよく分からない。まあ昔から、そういう女の子ではあったが。  凛太郎はぴたりと動きを止め、おとなしくなった。 「どういうのって、そりゃ……。気持ち良くピュッピュッと出させてほしいよ」 「気持ちいいって、どういう」 「オナホとかあるくらいなんだから、女の人のアソコの形と機能に似せればいいんじゃないの?」 「じゃあ、そういう風に改良してみるかな」 「ほんと、ものづくりがお好きですね……」  瑠璃はホースを手でくにゃくにゃと弄びながら、思案しているようだ。 「でも女の人の……か。ネットに詳しく載ってるかな? 修正されてない?」 「いやだって、自分にだってついてるでしょ? 瑠璃ちゃん、見たことないの?」 「ないよ!」  瑠璃は顔を赤らめて即答する。  男なら毎日自分の性器とコンニチハしているが、構造上の都合から、女性はそうはいかないのか。 「んー。鏡やカメラを使えば、見えるんじゃない? 一番いい見本だと思うけど」 「……………………」  瑠璃は黙って部屋を出て行った。メアリーも相変わらずの滑らかとは言えない動きで、ガシャガシャと主人を追っていく。 「瑠璃ちゃん、変わらないなあ」  一人残された凛太郎は、苦笑いを浮かべた。
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