3.

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 貝塚 瑠璃が、凛太郎の通っていた中学に転入してきたのは、一年生の夏休み明けのことだった。 「天才少女」と鳴り物入りでやってきた彼女だったが、しかし両親の仕事の都合で諸外国を転々として育ったせいか、はたまた単に元の性格によるものなのか、当初は周囲から浮いてしまっていた。一時はいじめられたりもしたらしい。だがやがて友達もできて、日本での生活に馴染んでいった。  凛太郎も瑠璃とは仲が良いほうで、冗談を言い合ったり、漫画やDVDの貸し借りをしたりと、じゃれ合っていたものだ。  二人の睦まじい関係は、瑠璃が一流私立高校へ、凛太郎が中堅公立高校へと、それぞれ進学するまで続いた。  以降は疎遠になってしまったのだが。  それが、どうして突然――ラチカンキンコウソク。こんなことになってしまったのか。 「豆太……。わけが分からないよ」  リクライニングチェアに体重を預けて、凛太郎はこの場にはいない愛犬に愚痴をこぼした。  ちなみに豆太は、明るい茶色の毛並みをした中型犬だ。人間が大好きで、誰が来ても吠えないから、番犬にはならなかった。 「……………」 「あ、おかえり」  再び扉が開いたかと思うと、瑠璃が戻ってきた。  フラフラと壁に突き進んだ彼女は、立てかけられていたパイプ椅子を運んで、凛太郎の前に腰掛けた。――その足取りにも手つきにも、生気がない。研究への情熱に燃えていた先ほどまでの態度とは、雲泥の差だ。 「あそこ、ちゃんと見てきた?」 「……………」 「ホースは? 改良してくれるの?」 「……………」 「ねえってば!」  黙り込む瑠璃に凛太郎は焦れた。彼にとっては大変重要なことである。  あんな凶器を使われでもしたら、ただの拷問だ。再起不能になってしまうかもしれない。 「今、メアリーが直してる……」  やがてうるさそうに、瑠璃は答えた。顔色が悪く、吐き気でもするのか、手で口を押さえている。体調を崩したのだろうか。  ひとまず、ちんちんの安全は守られそうだ。安堵からか、凛太郎は軽薄に笑った。 「そっかー。君のあそこに似せたホースに、俺はシコシコ抜かれるのかー。なんだか擬似セックスみたいだね」 「せっ……!」  瑠璃は勢い良く椅子から立ち上がったが、ニヤニヤしている凛太郎と目が合うと、決まり悪そうに座り直す。そしてそっぽを向き、ぼそぼそと蚊の泣くような声で尋ねた。 「あれ……。女の子はみんな、あんな風……なの?」 「ん?」 「だから……! 女の子には全員、あんなものがついてるの?」  どうやら瑠璃は自分の性器を初めて目撃して、ショックを受けているらしい。 「あー……」  ぶっちゃけ凛太郎も、女性のアレは美しいものではないと思う。綺麗なもの、可愛いものを好む女性に、よりによってあんなグロテスクなものが備わっているなんて、なんという皮肉だろうか。  ただし、ひたすらいやらしいから、嫌いではないのだが。むしろ大好きである。 「えー? 瑠璃ちゃんのあそこ、そんなに変だったのぉ?」 「……………!」  慰めたりフォローしたりすべきところを、あえてからかうように問うと、瑠璃の顔は歪んだ。 「あー、そうなんだ? ほんとにー? でも、気にすることないよ。形がおかしくても! 色が不気味でも!」 「……っ!」  慰めるていで、いちいち想定できる問題点を挙げ連ねてみれば、その度、瑠璃はビクビク体を震わせる。 「それに大前提として、あんなところ、好きな男にしか見せないでしょ? ね? 好きな男にしか。――その相手が気にしなければ、全然OKじゃん?」 「……………」  そうだ。彼女はいずれ自分の「奇妙な」アレを、よりにもよって、意中の男性に披露しなければならない日がくるのだ。 「瑠璃ちゃん? どうしたの?」 「……………」  絶望に陥ったのか、瑠璃はパイプ椅子に座ったまま、頭を抱えている。  ――頃合いだ。凛太郎は親切ぶって切り出した。 「そんなに心配なら見てあげようか? 君のあそこが、ほかの女の子と違うかどうか」 「えっ……」  瑠璃は顎を上げると、不埒な提案を持ちかけた凛太郎を凝視した。何度か瞬きをしてから、キッと目尻を吊り上げる。 「なに、その態度……。有識者みたいなこと言っちゃって! 凛くんは女の子のアレ、見まくってるっていうの!?」 「凛くん」。中学時代、瑠璃は自分のことをそう呼んだ。  懐かしくなって、凛太郎は微笑んだ。 「そりゃ俺は、はっきり言ってスケベだからね。エッチな動画とかネットとか見まくってるし。だからよく知ってるよ」  焦点をずらして肯定すると、毒気を抜かれたように瑠璃の目からは怒りが消えて、その代わりに迷いの色が浮かんだ。 「ねえ、ほら……。瑠璃ちゃんのあそこが本当におかしかったら、病院に行ったりしないといけないんじゃない? 赤ちゃんを産むための、大事なところでしょ?」 「赤ちゃん……」  凛太郎の、上辺だけは労りのこもった説得に、瑠璃は覚悟を決めたのか、立ち上がった。 「どうすればいいの……?」  凛太郎は表情を引き締め、なるべく真面目に、なるべく紳士的に見えるよう努めた。  ――そう、バリバリ野蛮で下品な下心を悟られてはいけない。 「そうだねえ。スカートと下着を脱いで、その椅子に座り直して」 「う、うん」  瑠璃は躊躇しながらも、凛太郎の指示に従った。ジーンズと下着を脱ぎ、手早く畳んで床に置く。そして裸の股間を恥ずかしそうに手で隠しながら、再びパイプ椅子に腰を下ろした。  そんな彼女からは、ホースなんぞを掲げて、「精子を寄越せ!」と詰め寄った先ほどの強気が、すっかり消え失せている。  ――目の前にいるのは、弱き乙女だ。  凛太郎は舌なめずりをした。 「じゃあ、瑠璃ちゃん。足を開いて」 「えっ……」 「ほら、見てあげるから。ね? 開いて」 「……………」  おずおずと、瑠璃は足を開いていく。 「全然見えないよ。もっとガバっと開いて」  とんでもないことを要求しているくせに、凛太郎の声は淡々としている。事務的で、まるで医者のような口調に、瑠璃はますます萎縮してしまった。  自分だけがこんなに緊張しているのか。――それはつまり、自分だけがいやらしいことを考えているのではないか。 「あの……。凛くん……。変なことしないでね……?」 「はは、面白いこと言うね。俺、縛られてるのに、どうやってそんなことができるの?」  凛太郎は肘置きに縄で固定されている手を、おどけるように握って開いて見せた。それもそうかと、瑠璃は思い直す。  ――だが世の中には、行動を起こさずとも、他者に危害を加えることができる人間がいるのだ。  声だけで。言葉だけで。  しかし瑠璃は、そのことを知らない。  ――いや、本当は、知っていたはずなのに。
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