27.自分のSub

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                 ◇ 人混み。湿度も高く蒸し暑い夏の夕方。じっとりと汗で湿った皮膚をデオドラントシートで拭いながら、善はスマートフォンに目を落とした。  約束の時間を五分ほど過ぎているが待ち人からの連絡はない。  花火大会会場の最寄りの駅は人でごった返しているから、たぶん想定通りに動けないでいるのだろうと、善はもう少し待ってやることにする。  颯斗を駅前まで迎えに行ってやれと言ったのは金沢だったが、善ははなからそのつもりでいた。  場所取りをしてもらった観覧エリアではすでに先に集まったメンバー達で宴会が始まっている。善は一度そこに顔を出したが、颯斗を迎えに行くために駅前まで戻ってきたのだ。  電車が到着したのか、また新たな人並みが改札口を埋め尽くした。善はその中に颯斗の姿を探してみるが見つからない。  またスマホを見るとさらに五分が過ぎている。  別に待ってやってもよかったが、颯斗は遅れるなら連絡くらい寄こしそうなタイプに思えた。  善はメッセージアプリを開き、「どうした?」と入力してみる。しかし思い直してそれを消し、発信ボタンに指を置いた。 「改札前にいるけど、お前どこ? 着いた?」  コール音が途切れ、受話器の向こうでゴソゴソと音がなっている。善が問いかけると、颯斗の焦ったような声が聞こえた。 『あ、あのっ、今、トイレで、駅の中の』  トイレが混んでいたのか。  そう思って、善は極力語調を落ち着けた。  急かすような物言いをしたら、なんだかすごく颯斗が来るのを待っていたみたいで癪だからだ。 「ああ、じゃあ、外で待ってるから」 『はい、す、すぐ行きまっ』  そこまで言ったところで、颯斗の言葉が止まった。  またゴソゴソと音が鳴った後で、ガシャンと何かがぶつかるような音がする。  スマホを落としたのかもしれない。その後に聞こえてくる颯斗の声が遠かった。 『あ、あのっ、大丈夫です、ほんとに、は、離してください』 「おい、どうした?」  問いかけるが答えがない。  何やら男の声がする。何を言っているか聞き取れないが、颯斗の声ではないことは確かだった。もう一人誰かいる。  善はスマホを耳に当てたまま、早足で改札に向かった。少々強引に人並みを掻き分けながら、颯斗が言っていた駅のトイレを目指す。   『ほ、ほんとに、イヤです、やめてください!』  また受話器の向こうから声が聞こえた。颯斗の声だ。善は目の前の人並みを押し退けた。怪訝な顔を向けられたが、気にしている場合ではない。  トイレに辿り着き、慌てて中に駆け込むと、見たこともない中年の男とその目の前で膝をついて座り込んだ颯斗の姿があった。 「おい!」  声をかけると男がこちらを向いた。  颯斗は男に腕を掴まれ、混乱したままガクガクと唇を震わせている。おそらくコマンドを浴びせられたのだ。  ただでさえ暑さで熱った善の体を血が駆け巡る。 「何してんだ」  善は颯斗と男の間に割り込み、颯斗の腕を掴んだ男の手を引き離した。
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