10.せんぱいだって

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 その後の颯斗の記憶は飛び飛びで、善が颯斗の体を支えながら「立てるか?」「大丈夫か?」などと、たびたび声をかける姿が浮かぶ。  「休めるところに行くけどいいか」と問われ、颯斗は曖昧な意識のままで頷いた。  連れてこられたのは、おそらくラブホテルの一室で、颯斗は善に肩を支えられたままふらふらとベッドの脇の床に座り込んだ。  善が颯斗の目の前に屈み、様子を伺うように顔を覗き込んでいる。 「おい、俺の声聞こえるか?」    そう問われ、颯斗はこくりと頷いた。 「お前、多分今サブドロップになってるから」 「はい……」  自覚はあった。多分善の言う通りだ。 「Domにちゃんとプレイしてもらったほうがいい。わかるか?」 「はい……」  颯斗はまたこくりと頷いた。 「金沢呼ぶから、ちょっと待てるか」  その言葉に、颯斗は顔を上げた。  スマホを握る善の腕を縋るように掴んだ。 「せ、せんぱいも、せんぱいだって、Domですよね?」  善はぐっと言葉を飲み込み口を結んだ。 「ダメなんですか? せんぱいは、俺とプレイするの、イヤなんですか?」  颯斗は息苦しさからさらに肩を跳ね上げ、目からボロボロと涙を滲ませている。  善は目を閉じると、天を仰ぐかのような仕草で目元を手のひらで覆った。 「俺はダメだ。無理、今はたぶんやばい」  善は静かな声音でそう言った。その表情は手のひらの中に隠れたままで颯斗からは伺えない。 「なん、な、なんでっ、ひど、ひどいです、せんぱい……ひどいっ、ひどいっ」  この前家にきた時は、何かできることはあるかと善は颯斗に聞いてくれたのに、今はダメだと言う。  混乱したまましゃくり上げ、颯斗は善の肩に縋りついた。  困ったような善のため息が頭の上から聞こえる。颯斗は善の胸元に額を押し付け、そのシャツの袖を握りしめた。 「ひどい、俺は、せんぱいじゃなきゃイヤです、せんぱいじゃないなら、こ、このままでいい!」 「颯斗……」 「ひ、ひどっ、せんぱい、なんで今日浴衣じゃないんですかっ、うっ、ひどっ、観たかったせんぱいの浴衣……」 「いや、もう言ってることめちゃくちゃだぞ」  呆れたように言いながら、善が颯斗の背中を撫でた。  善は浴衣ではなくブルーのボタンアップシャツに黒のパンツという服装だった。 「浴衣は、また来年着てやるから」 「ダメ、ダメです来年は、ダメです、今じゃなきゃ」 「んだよ、無茶言うなよ」 「お、俺には、来年とか、ない、ないんです……」  その言葉に、背中を撫でていた善の手が止まる。  颯斗は未だ溢れる涙を止められないまま、肩を震わせていた。  善が何も言わなくなった。  颯斗はゆっくりと涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げる。 「せんぱい、お願い……俺、せんぱいがいいんです。浴衣は諦めますから……だから……」  逸らされていた善の瞳が、ゆっくりと颯斗に降りてきた。  窓が塞がれ、照明を落としたまま薄暗いラブホテルの一室で、善のその瞳は熱をはらんだ光を灯していた。表情を隠すかのように口元に手を当てている。 「せんぱい……お、お願いします! 俺と、プレイして……ください」  普通の状態であったのなら、颯斗はこんな言葉を口にすることさえできなかった。  しかし中途半端に昂ってしまったSubの性が収まらないまま、身体と精神に強いストレスをあたえていて、どうにかそれから解放されたい。  そして目の前に他でもない善がいるのだ。Dom()に支配されたいという欲求を颯斗は抑えることができないでいる。  善が口元を押さえた手のひらの向こうで息を吐いた。  呆れられた。そう思って、颯斗の胸元は握りつぶされたみたいに痛んでいる。息苦しいまま、またしゃくり上げた。 「俺、言ったからな? ダメだって」 「う、は、はいっ……ご、ごめんなさいっ」 「お前が、言ったんだぞ? プレイしてくれって」 「はい、はいっ……ご、ごめんなさい、ずうずうしいこといって……ごめんなさい」  颯斗は言った。  すると善が唐突にその顎を掴み、顔を上向かせる。  善の表情が颯斗の眼前で露わになった。その口元が愉悦に浸るかのように、口角を上げて笑っている。  また別人みたいな顔だった。颯斗は驚き、眉を上げて目を見開いた。 「せ、せんぱ……」 「なあ、もっと、泣かせていい?」 「へっ? わぁっ⁈」  颯斗の体が浮いた。  善が腰に手を回し持ち上げたのだ。
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