31.恋人より

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 ついさっきまで酔って眠かったはずの意識は、完全に覚醒している。  今善がなんと言ったのか、確かめる意味で颯斗は大きく瞬きをした。 「ちゃんと、付き合おうよ、俺たち」  善がもう一度言った。 「俺……たち……?」  颯斗は言いながら、人差し指で善と自身を交互に指した。その仕草を見た善がこくりと頷く。 「恋人になろ」 「恋……人……」  颯斗の頬に赤みが刺して、その瞳が光を含んで輝き出した。 「俺さ、昔はなかなか自分のことコントロールできなかったけど、今なら……」 「俺と、せんぱいが、恋人‼︎」  突然の颯斗の大声に、善はびくりと肩を震わせた。  颯斗は興奮して顔をずいと前に出し、鼻息を荒くた。善は気圧され少々体を後ろに引いている。 「もちろん、おまえが良ければだけ……」 「い、いいいいいいに決まってます!」  颯斗がそう答えると、善は「よかった」と口元に笑みを作った。 「じゃあ、恋人になったんだから、もう翔太ってやつとのセフレ関係解消しろよ?」  言いながら、善は颯斗の膝の上に置かれた両手を握った。その善の行動に心臓を跳ね上げながらも颯斗は大きく頷いて見せる。セフレ解消もなにも、もともとただの友達だ。 「あと、俺相手のこと全部知っておきたいタイプだから」 「は、はいっ!」  支配欲が強いDomが故だろうか。颯斗はまた、善の言葉に強く頷いた。 「つまり、隠し事なしな」 「は……っ」  また強く頷こうとして、首を持ち上げたところで颯斗の息が止まる。 「隠し……ご……と?」 「うん」 「あ、えっと……」  背中が冷たくなっていく。  隠し事はなし。その条件を、颯斗は飲むことができない。  なぜなら、善が永井颯斗だと思っている自分は、本当は昔酷く彼を傷つけて嫌われてしまった芳川颯斗だからだ。  善が恋人になろうと思ってくれたのは、見た目も垢抜け別人になった永井颯斗であり、暗くて猫背で善に付き纏っていた芳川颯斗ではない。バレたら、終わる。 「颯斗?」 「あの……すみません……」 「え?」 「やっぱり、ダメです……」 「ダメって、何が?」 「恋人には……なれません」  颯斗は俯き、項垂れた。  隠そうとしたが、目から溢れた涙が颯斗の手を握っていた善の手に落ちる。颯斗はゆっくりとその手を解いた。 「ごめんなさい、あの……やっぱり、セフレじゃダメですか?」 「恋人より、セフレ?」  善の問いかけに、颯斗は頷いた。 「そっちのがいいの?」 「あ……あのっ……」  そんなわけない。どんな形であれそばにいたいと思って縋り付いたのがセフレという立場だっただけだ。  だけど、自分が芳川颯斗だと明かせば恋人どころかその立場でいることすらできなくなってしまうかもしれない。  颯斗は息を吸い込み、ゆっくりと頷いた。 「そっか……わかった」  善の寂しげな表情に颯斗は胸が苦しくなった。  胸元の衣服を握りしめて誤魔化してみるが、楽になる気配はない。やはりぽろぽろと涙が溢れ出てしまった。 「なんでお前が泣くの」 「ご、ごめ、ごめんなさい……」 「いーよ、しょうがないだろ」  そう言って善は颯斗を抱き寄せ、その手のひらを頬に当てて親指で涙を拭ってくれた。
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