32.グレア

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32.グレア

                 ◇ 次の週末。横並びのカウンター席で、颯斗は強くもない酒を煽った。  いつもは薄いウーロンハイだが、今日は隣の翔太に合わせて二杯目のビールに口をつけたところだ。酔って何もかも忘れて憂さを晴らしたいなんて思ったのは、これが初めてかもしれない。 「にしても、アホすぎて笑えるー」  冷めた焼き鳥を齧りながら、翔太がけらけらと呑気に笑った。  颯斗はそれどころではない。赤らんだ顔で眉を歪め、今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にこらえているのだ。 「うぅ、ひどいっ、笑うなんて……」  颯斗はカウンターに置いた腕に目元を押し付け、肩を震わせた。それでもなお翔太はヘラヘラ笑いながら、適当に慰めるように颯斗の肩を叩いている。 「この世の終わりみたいな声出すなよ」 「だって……すごく悲しそうにしてた。俺なんかに振られて、せんぱい可哀想すぎる……」 「なんかめちゃくちゃ拗れてんな」  呆れたように言うと、翔太は颯斗の肩から手を離し、ビールジョッキを傾けた。 「てかさ、普通に言えばいいんじゃないの? 高校の後輩だった颯斗ですーって」  翔太の言葉に颯斗はガバリと頭を上げた。その顔は酒に酔って赤らみ、目が座っている。 「そんなこと言ったら、それこそこの世の終わりだよ!」  そう言って翔太の肩を掴んで揺らす。  翔太は「やめろ溢れる」と言いながら、慌ててビールジョッキをカウンターに置いた。 「そうかなぁー、もう昔の話だろ? 正直に打ち明けて、あの時はごめんなさいってちゃんと謝ればいいんじゃないの? お互いもう大人なんだし」 「それでもしダメになったらどうすんの」  颯斗は口を尖らせじとりと翔太を睨んだ。普段あまりみせない颯斗の仕草に、翔太は「酔ってんなー」と笑っている。 「とにかく、俺はせんぱいのセフレって立ち位置を死守しなきゃいけないんだ」 「恋人になれなくても?」 「高望みしすぎて全てを失ったら元も子もない」  翔太は颯斗の言葉を聞いて、ふむと腕組みをした。 「にしてもさ、好きな相手に付き合ってって告白したらセフレならいいよって、この流れ、なかなか酷いよな」 「……え、なんの話?」 「アホか、お前とせんぱいだろ」  颯斗は瞬き、中空を眺め少しの間考えた。 「ほ、ほんと……だ……」  言われるまで気が付かなかった。颯斗は息を吸い込み口元に手を当てた。 「俺、最低じゃん……」 「だろ、男×男だからなんかうやむやになってるけど、男女に置き換えたらお前なかなかのクズ男だぞ」  またケラケラ笑いながら、翔太が追い打ちをかけてくる。 「まあなんにせよ、こう言う関係は長続きしないよ。さっさと正直に打ち明けた方がいいと俺は思うね」  何故か少し得意げにそう言いながら、翔太は再びビールジョッキを傾けて、残りをぐっと飲み干した。    そこからまたもう少し酒を飲んだ気がするが、颯斗の意識は曖昧だった。  翔太が一緒だったので、どこか安心していたのかもしれない。たまに翔太が酔い潰れた時にそうするように、今日は翔太が颯斗の体を支えてタクシーに乗せてくれた。 「おい、颯斗、着いたぞ降りろ」  タクシーが止まり扉が開くと、先に降りた翔太が颯斗の腕を引いた。  半分瞼が閉じているが、どうやらここは自分のマンションだと言うことは認識できた。フラフラと足元がおぼつかないまま、颯斗は翔太に捕まり、タクシーから降りた。 「ごめん、送らせちゃって」 「まあ、いつもは俺が面倒見てもらってるしな」  翔太はそう言いながら、颯斗の腕を肩に回して腰を支えた。 「翔太、今日泊まってって、一人になりたくない」 「うわぁ、それおっぱいある子に言われたかったー」  そんな風に言われて、颯斗は不機嫌に唸った。 「あるよ、あるかもしんないじゃん、ほら!」 「いや、ないでしょ、どこにあんの」  そう言いながらふざけて翔太が颯斗の胸元を撫でる。当然柔らかい膨らみなどあるわけがない。 「行方不明だな、おっぱい」  翔太もそこそこ酔っているようだ。 「お願い、翔太ぁ、ゲームしようよぉ」 「なんなのその酔い方、初めて見たわ」  翔太が笑った。 「しようってばぁ」 「わかったわかった、真っ直ぐ歩け」  ほとんど自立できないほどの颯斗の体を翔太が支えた。
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