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ガチ恋営業
つい最近まで、Aさんはvtuberとして活動していた。
「辞めるきっかけになった出来事が起きたのは、4月1日のエイプリルフールのことでした」
その日、Aさんは頭を悩ませていた。
エイプリールフールに向けて何かネタをやりたい。・・・けれど、何も思いつかない。
エイプリールフールは知名度と視聴者数を稼ぐチャンスである。何かバズるようなことをしなければ、と考えてはいるのだが、何も思いつかない。
うんうんと頭を悩ませている内に正午を過ぎてしまい、半ばヤケクソになったAさんは、SNSにある投稿をしてしまった。
『結婚しました!』
Aさんは、所謂ガチ恋営業で視聴者を集めるタイプのvtuberだった。
ガチ恋営業とは、相手に恋愛感情を芽生えさせるような言動や振る舞いをして視聴者を集める配信スタイルのことである。
そんなAさんが結婚報告などしたらどうなるか・・・理解と理性のある視聴者からは祝福してもらえるだろうが、『そうではないの』がいた場合、大変なことになる。
「でも、今日は4月1日。みんなネタだって分かってくれると思ったんです」
しかし、そうはならなかった。
投稿してから、僅か30秒ほどだったという。
ドンッ、と、隣の部屋から大きな音がした。
━━━ドンッ、ドンッ、ドンッ!!!
音は次第に大きくなる。隣の住人が、壁の向こうで大暴れしているのだ。
Aさんは身をすくませて壁を見つめた。
音は3分ほどで止まった。
━━━何でだよ、※※ちゃん。
Aさんは、人生で終ぞ感じたことのない強い悪寒を覚えた。※※ちゃんとは、Aさんのvtuberとしての活動名だったからだ。
(私のファンが、たまたま隣に住んでいた?)
口元を押さえながら、Aさんはこれが単なる偶然であることを願った。しかし、
━━━何で俺を裏切ったの?
━━━ねえ、答えてよ。
━━━ねえ、ねえ、ねえ
「聞こえてるんでしょ?」
ベランダの窓ガラスに、見知らぬ男が張り付いていた。
Aさんは悲鳴を上げて部屋から逃げ出した。
その後、男は不法侵入で逮捕された。
Aさんの住所は、彼女のSNSの投稿から割り出したという。
「男は、私に対する接近禁止命令を受けはしたものの、結局書類送検だけに留まり、大した罰を受けることなく放免になりました」
一連の騒動の後、彼女のvtuberとしてのアカウントには、男と思しきユーザーから長文のお気持ちDMが届いていた。
「そのDMは、終始言い訳ばかりを繰り返していました。自分が悪いと書いておきながら、全然そうは見えなくて・・・。まるで自分のことを被害者であるかのように書いているんです。それが本当に気持ち悪くて・・・」
AさんはDMを読むのを途中でやめ、SNSに引退する旨の投稿すると、自分のチャンネルを含め、vtuberとしての痕跡を全て削除した。
「今でもまだ、あの気持ち悪い男が隣にやってくるんじゃないかと思って・・・」
Aさんは、女性専用の賃貸にしか住めなくなってしまったそうだ。
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