3 魔法学園と名家の二人

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 船はそんな子どもたちを乗せ、大海原を進んでいく。  やがて、目的地に近づきだした。  何気なく窓を覗いたシアがはっと目を見開いて、はしゃいだ声を上げる。ココアも興奮したように火を吹いた。 「アルテミス、アルテミス!アテナが見えるよ!」  アルテミスはテリーヌと話をしていたがその声に中断し、ぱあと傷ついた頬を桜色に染める。 「ほんと!?」  待ちに待ったアテナ魔法学園のお出ましだ。一体どんな姿をしているのだろう。  きらきらと瞳を輝かせ、アルテミスも窓からぐんと身を乗り出し、 「わあ……っ」 歓声を漏らした。  歴史ある名門校というだけあって、アテナ魔法学園はなんとも美しい場所であった。  どこまでも広い海の中に浮かぶ孤島。その上に、荘厳な石造りの洋館がそびえ立っている。島に建つ建物はそれだけではないがその洋館が一番大きいので、恐らく校舎であろう。  そしてその洋館を守るように、二つの塔が建っていた。どちらもぴったり同じ背丈で尖塔がついていて、『双子の塔』と表現するのがぴったりだ。  さらに、その奥には深い針葉樹の森がある。空には黒い異形の獣の影が行き交う。風に吹かれさわさわと揺らめくその深緑の森は、怪しくもあり楽しそうでもあった。入学したら一回はあそこに冒険に行きたいな、とアルテミスは思った。  まあとにかく、美しいのだ。きらきら日の光を反射する透き通った海に凛とそびえる豪勢な洋館。どこかおどろおどろしい雰囲気を纏いながらも、人間を魅了するその空気感。いかにも魔法学校って感じではないか。 (あれが、アテナ……っ)  あの建物で暮らす日々はきっと、楽しいものになるに違いない。  アルテミスはどくんどくんと期待に高鳴る心臓をきゅっと押さえた。  ◇◇◇  船は孤島に到着し、生徒たちは船を雪崩のように降りていく。アルテミスたちも各々の鞄を抱え、孤島に足を踏み入れた。  これから入学式。大広間というところで執り行われるらしい。そのため先に荷物を預けて入学式に向かうそうだ。  近くで見るとより一層、洋館は豪奢に見える。アルテミスはこれから始める生活に思いを馳せ、頬を期待に染めた。  荷物を預け、ココアを先生に預けたあと、生徒たちは入学式に参加した。  大広間は大変豪華であったが、式典自体はそこまで魔法学園っぽいところもなく淡々と進んだ。  校長先生のお話では、教壇に二十代くらいの若い女校長とスノーが上がった。とてつもなく長い話を黙ってお座りして聞いていたが、退屈そうに見えたのはアルテミスだけなのだろうか。  その後在校生による校歌斉唱があり、様々な人の祝辞を経て、入学式はやっと終盤に差し掛かった。  と、司会が朗々と言った。 「ではこれより、新入生のクラス分けを行います。呼ばれた生徒は各々の列に並びなさい」  アルテミスははっとした。  クラス分け。完全に忘れていた。せっかくシアやテリーヌと仲良くなったのに、クラスがバラバラになっては話もできなくなってしまう。  そう思ってドキドキしていたアルテミスだが、幸い三人とも同じクラスであった。一年三組である。 (よかったぁ……友達を失うことにならなくて……)  アルテミスはほっとして胸をなで下ろした。  クラス分けが終わると、式も終了した。生徒たちは新しく割り振られた教室に向かい、新しい担任の先生を待つこととなった。  アルテミスもまた三組の教室に移動する。教室は何人かが並んで使えるような長机で、映画館のような段々の作りになっていた。初めてのタイプにおおーとなりながら、アルテミスは指定された席に座る。  右隣にはシア。テリーヌは遠くにいる。そして左隣には、少年が座っていた。  柔らかい栗毛の、綺麗な顔をした少年である。茶色い目は優しそうに垂れていて、こういう顔を甘い顔と言うのだろうとアルテミスは思った。そして何より目を引くのは彼のかぶる大きなずきんである。  苺のように真っ赤なずきん。まるで、童話の赤ずきんが男子になって絵本から飛び出してきたような姿だ。彼はせっかくの美しい顔を、その大きなずきんで覆い隠してしまっていた。  気になるのでちらちら見ていると、少年のほうから話しかけてきた。 「ねえ」 「ん?」  声をかけられ応じると、どこまでも見透かすような大人びた瞳がずきんの下から射抜いてくる。なんだか人狼であることまでその目で見抜かれてしまいそうで、アルテミスは無意識に帽子を深くかぶった。 「この学年にスカウトがいるって聞いたんだけど……それって君?」 (えっ!?)  アルテミスは純粋に驚いた。  目をまん丸くしながら、しかし否定する必要もないので頷く。 「そうだけど……なんでわかったの?」 「いや、なんていうかね。魔力の質とか量とかが、他の人と全然違う気がして」 (へえ……)  魔力に質とかあるんだ、と思ったのも事実だが、スカウトを見抜かれたことが一番の驚きだった。ここに来てから、大人含めスカウトを見抜かれたのは初めてである。いつも自分から言って初めて「そうなの!?すごー」と言われるのが普通であった。  しかしこの、幼稚園から出たばっかりみたいな少年が見抜いてみせたのである。洞察力鋭そうというアルテミスの予想は当たっていたようだ。  それにしても当てたのはすごい、とアルテミスは感心する。それを言えば、彼は表情を変えぬまま手を振った。 「いやいや、すごくないさ。僕はドルアント家の息子、アルファだ。それくらいわかって当然だよ」  微笑んだままの口から放たれる言葉に、アルテミスはぴくんと耳を揺らす。この子アルファくんて言うのか、とも思ったけれど、それは置いておいて。  ドルアント。最近聞いた名前だ。そう、確か…… 「アルファくんは、名家の人……なの?」  だったよね?違ったかな?  不安だったが、少年───アルファは「よく知ってるね」と頷く。よし。 「そうだよ。僕は名家の出なんだ。知ってるとは思うけど名家は魔法に優れてるからね。目の前の人がどれくらい魔力を持ってるかくらいなら僕みたいな子どもでも分かるんだ。何となくだから、感覚を掴むまで時間がかかるけどね」 「へえ」  アルテミスは楽しそうに相槌を打つ。  魔法初心者のアルテミスにはきっと、誰がどのくらい強いか分かるときなんて来ないだろう。そこはやはり、恵まれた家庭に生まれた子どもだからこそ成せる技なのだろうな。  と、アルファは少しだけ目をきらりと光らせた。 「さっきも言ったけど、君は本当にすごい魔力を持ってるよ。名家の出なの?僕の知ってる限り、アイリー家もマルゴー家も髪は黒くなかったと思うけど」  アルテミスは大きく目を瞠って慌ててぶんぶんと首を振る。自分が名家の出なんてそんなはずないだろう。自分は気品の欠片もない人狼だよ。 「まさか、違うよ。だってわたしの名前はアルテミス・ウルフだもん」 「なるほど。ウルフ家は聞いたことないね」  だろうね。適当に作った名字だもん。 「うんうん。わたしの魔力が本当に強いのかどうかはわたしにはよくわかんないけど、そうだったとしてもたぶんたまたまだよ」  アルテミスはそう言って、にこりと微笑んだ。しかしそれでもアルファは不思議そうな顔をしている。 「たまたまなんてそんなこと。お母さんかお父さんか、優秀な魔法使いだったりするんだろう」  アルファに指摘され、アルテミスはもう拝むことはないだろう二人の顔を思い浮かべた。  あの二人が、優秀な魔法使い?まさか。もし魔法使いだったのなら、アルテミスが人狼になったときにもう少し柔軟な対応ができたはずだ。それなのに牢にぶち込んであとは警察に丸投げなんて、到底魔法使いの考えることではない。そも、あの家で魔法の一つ魔導具の一個見たことがないのだ。 「それはないんじゃないかな。お父さんもお母さんも魔法使えないと思うし」 「へえ……って、えっ!?」  聖母みたいな微笑みを絶えず浮かべていたアルファだが、急にカッと目を見開いた。その大声に、アルテミスは生来の臆病を発揮して「ひゃっ!?」と悲鳴を上げる。 「な、何!?」 「いや、何って……君の両親は魔法を使えないの!?」 (あ……)  やっちまった、と気づく。  ハルタは魔法使いの国、魔法が存在するのが当たり前の国。魔法使いでない人間はこの辺りにはいないのだろう。そして魔法使いでない人間から生まれる魔法使いの子もまた然り。トカゲからドラゴンが生まれるようなものだ。  やべ……と冷や汗をかくアルテミスを、アルファは大きく見開かれたままの目で見つめた。 「君はもしかして……」  と。  がらり、と教室のドアが開いた。
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