3 魔法学園と名家の二人

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 入ってきたのは、担任の先生である。入学式後の職員会議その他もろもろを片付け、やってきたらしい。  ざわざわお喋りに満ちていた教室が静かになっていく。 「先生来ちゃったね。また今度話そう」  アルテミスがそう言って苦笑すれば、アルファも驚愕の顔を微笑に戻して頷いた。  担任の先生はなんだかひ弱そうなおじいちゃんの先生であった。優しげな顔立ちで、怒鳴っても怖くなさそうな雰囲気を纏っている。 「はじめまして、アテナ魔法学園にようこそ。一年間、一年三組の担任をするワドルです。よろしくねー」  担任の先生もといワドル先生が優しく微笑むと、ふわーと空気が和んだ。  先生は少しだけ自己紹介をしたあと、「配られたら名前を書いてくださいね」と早速教科書を配りだした。  その教科書のなんと分厚いことか。ハードカバーだからなのかもしれないが、それを差し引いても分厚いことに変わりはない。下手したら辞書くらいあるだろこれ……みたいなやつもある。 (教科書が分厚いと、授業もその分早いスピードで進むんだよね……追いつけるかな)  そんな憂鬱な気持ちのアルテミスだったが、中身を開いてその気分は吹き飛んだ。  中に記されるのはアルテミスの知らない魔法の世界のことばかり。生物には見たこともない生き物の写真が、化学には面白い薬の調合方法が、地学には月の満ち欠けと魔力の増減のグラフが、歴史には当たり前のように魔法の杖を持った偉人の肖像画が、地理にはユーラシア大陸とは全然違うハルタ周辺の大陸の地図が、公民にはヴェルサイユ宮殿が玩具に見えるような王城が、古語には謎めいた昔の文明の文が。  どれもこれもアルテミスの好奇心を刺激するものばかり。この動物はなんなのだろう、月と魔力って関係あるのかな、この偉人は何を成し遂げた人なんだろう。疑問が絶えず浮かび上がってくる。  久しぶりなこの感じ。楽しい。 (授業のスピードが早くてもいい。こんな内容の授業が学べるなら、わたし追いつける気がする)  アルテミスはぐっと拳を握る。誰か言っていたではないか、勉強が好きになれば勉強ができるようになると。今の状況はまさしくそれだ。  わくわく胸を高鳴らせながら記名をしていると、最後の教科書が配られた。何気なく開いて、はっと息を飲む。 (これ、魔術の教科書……!)  スノーから話を聞いていた、魔術。アルテミスが一番気になっていた教科。  その教科書がついに今自分の手にある。ドキドキ高鳴る心臓を押さえて目を走らせると、一年生でもできる簡単な魔法のやり方などが記されていた。簡単とはいえ説明は抽象的で、難しそうでもある。  ついに自分も、魔法を使うんだ。できるかな。でも、楽しみだ。  と、先生が一旦どこかに消えてからまた現れた。  手には小さな箱。カラカラと硬いものがぶつかる音がするあたり、何か入っているようだ。 「はい、注目!教科書はまたあとで読んでください!」  そう声をかけてみんなの注目を集めると、ワドル先生はおっとりと話し出した。 「それでは今から、魔法の杖を配ります」 (魔法の杖っ!?)  アルテミスは大きく目を瞠り、他の子どもたちはわぁっと歓声を上げる。  慌てて辺りを見回すが、驚く人はいない。これが普通のようだ。  魔法の杖って、学校でもらえるもんなんだ……。  先生は続けた。 「といっても、渡すのはこれ。完成品を買うのではなく、自分の力で杖の形にするのがハルタの普通です」  そう言って先生が箱から取り出したのは、杖ではなく、かと言って材料になりそうな木でもなく。  小さな石だった。  純透明で、教室の照明の光を受けてダイヤモンドのように輝いている。清流の水をぎゅっと固めて作ったような綺麗な石だ。  石から、杖ができるんだろうか。昔家で見たファンタジー映画で出てきた杖は、木でできていたけど。そういえば仕立て屋さんに行ったとき、店員の杖には石がついていたな、と思う。  先生の説明曰わく、この石は『魔法石』と言われるものであるらしい。  この石は魔力を持っていて、ぎゅっと握ればその握った人物に合わせた魔法の杖の形を取ることがわかっているのだという。ただ魔法石は決してその辺りにあるものではなく、ハルタ周辺にしかないので、魔法石を使って杖を作る国は少数派なのだそうだ。  そしてこの杖を使うときは、呪文がいらないらしい。  普通に木の杖を使って魔法を発動させるときは、ただ無意識に纏っている魔力の量じゃ足りないことも多いから、自分の魔力をより呼び起こし助長するために呪文を唱えるのだそうだ。そのため熟練になってくるとより多くの魔力を身に纏うことになり、呪文が必要なくなる。  しかし魔法石の杖を使うと、魔法石のもつ魔法により呪文の代わりに使い手の魔力を持ってきてくれるので、呪文がいらなくなるんだそうだ。まあここは当分テストには出ないそうなので、理解できていなくともいいだろう。  ということで、生徒たちは魔法石を手に入れるべく教卓の前に長蛇の列を作って待ちだした。石はひとつひとつ違って、人によって合う合わないがあるので、自分で選ばなくてはならないのだという。 (全部無色透明の石なのに、どうやったら良し悪しが分かるんだろう。わかんなかったら形が好みだったやつとかでいいのかな)  列に並びながら、悶々とそんなことを考えていると自分の番になった。  箱の中に入っている石を覗き込む。  石は無造作に、ごろごろ箱の中に入っていた。綺麗だけど、それ以上の感想はない。  どうしよ、みんな同じに見える。ヤバいな。  と。  箱の奥の奥で、何か瞬いた気がした。 (……!)  アルテミスは直感で何か感じ、箱の奥に手を入れてその光のもとを探る。やがてその手は一つの石を持って引っ張り出された。  手に乗るのは、やはり何の変哲もない石。他のと全く変わらない。  けれどアルテミスには、それが誘うようにきらきら輝いてみえた。他の石が六等星の星なら、この石は一等星のシリウスだ。  これ以外考えられない。この石がいい。  アルテミスはその石を手で丁寧に包んで、席まで帰った。  石を包む手に、何か力が触れているのがなんとなくわかる。この、今手で感じているのが魔力なんだろうか、と思った。  席に座って、同じく戻ってきたシアとアルファの石を盗み見る。どちらも見分けが全くつかず、そして自分のものと比べてみても見分けはつかない。なぜこれに惹かれたのか全くわからなかった。いつか分かる日が来るんだろうか。  と、全員が石を取り終えたらしく先生が話を再開した。 「みんな取りましたね。そしたら、杖を作りましょう」  杖を作るって……なんつーパワーワード。 「難しくないですよ、さっきも言ったようにぎゅっと握るだけ。そうすれば、杖は持ち主に合わせた杖の形を取るでしょう。けれど、適当にしてはいけませんよ。それから、出来上がった杖に文句を言うのもダメ。魔法石には意思があるので、一度傷つけられたらもう杖にはなってくれません」  貴重な石なので、そんなことがないように。先生はそう締めくくった。  周りが行動を始めたので、アルテミスも杖を作ることにした。意を決し、石をぎゅっと握る。  すると。  手の中の石が、すぅっと冷たくなった。けれど体は温まっていくような、不思議な感覚がした。  これが、杖になるときの石の温度の変化なんだろうか、と握った手を見つめていると、やがて手の中で石が変化していくのが分かった。丸かった石が長く伸び、杖らしい形を取っていく。  やがて変化が終わると、アルテミスは出来上がった杖を持ち上げてじっと見た。  柄は大理石のような黒。不思議な文様の施された柄だ。  そしてその先には仕立て屋さんで見たのと似ている宝石が輝いていた。  しかし、彼のような銀色ではない。アルテミスの宝石は、青のような銀のような白のような、不思議な色合いをしていた。綺麗だが何色とも言い難いその色を、なんと形容すればよいのだろう。月光色、がニュアンスとして一番近い気がする。  この宝石の色が何色なのかはともかくとして、全体的にすごく素敵である。アルテミスが満足して宝石を撫でると、宝石が喜ぶようにぽっと輝いて先から赤や金の火花が散った。  シアの柄は白で宝石の色は向日葵のような黄色、アルファの柄は焦げ茶で宝石の色は薔薇のような深紅。目を凝らすと、テリーヌの柄は赤茶で宝石の色は黒とピンクが混じってマーブル模様になっているのが分かった。本当に、ひとりひとり違う形に石は変化するらしい。魔法の世界とはいえ無機物の石に思考なんてもの、とアルテミスは思っていたのだが、意思があるというのはもしかして本当なのだろうか。 「その杖は一生使いますよ。折らないように、機嫌を損ねないように。大切に扱ってください」  先生は自分の杖───金色の楽器みたいな光沢の宝石がついた杖を弄びながら言った。
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