4 見えない罪人を追って

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4 見えない罪人を追って

 朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる。  その声にゆっくりと目覚めたアルテミスは瞼を開けないまま、昨日の出来事を辿るように思い返した。  アテナの初日は、それはもう楽しい一日だった。シアと船に乗って、テリーヌやアルファといった友達を作って、魔法の杖を手に入れて。ご馳走を食べて、お風呂で遊んで、寄り添って寝て。  幸せで楽しくて、濃い一日だった。  牢屋にいたときには想像できないくらい。  そんなことをぼんやり考えて、そろそろ起きなければとアルテミスは真っ黒い瞳を開いた。  目に飛び込んでくるのは見慣れない天井。体を起こせば午前六時前を差す時計とまだ寝ているシアの後ろ姿が目に入る。  それをしばらくぼーっと見つめていたアルテミスだが、六時には起床しないといけない事実を思い出し覚醒する。ヤバい。六時まであと数分だ。  大慌てでシアを揺り起こした。 「シアちゃん、シアちゃん!朝だよ、遅刻するよ!」  ぐらぐら力任せに揺らせば、シアは眉間にシワを寄せて呻く。 「ううう……あと三十分……」 「許可できるわけないでしょ!?」  アルテミスは悲鳴のような声で吠えるとぐいぐい腕を引っ張って体を起こし、やっと目を覚ましたシアと大急ぎで準備を整えた。  ◇◇◇  なんとか制服を纏い髪を結い、おのおのの帽子とお面をつけた二人は疾風のように食堂に飛び込んで朝食を食べた。朝食は当然のようにおいしかったが味わう暇もなく、至上最速かくらいのスピードで食事を終えて教室へとひた走る。  廊下を走っちゃいけないことなんてわかっているけれど、初っぱなから遅刻するわけにはいかないのだ。初日から遅刻魔&劣等生のレッテルを貼られるのはキツい。  広大な迷路みたいな校舎を駆け回り、足が限界を迎えたところでやっと一年三組の教室を発見しなんとか席についた。時計を見てみると、セーフのようである。  周りを見渡すと、アルテミスたちと同じように迷いながら来たらしい疲弊した生徒もたくさん見つかった。寝坊したのかな、みたいな生徒も多く、髪が乱れていたりネクタイがうまくできていない生徒も多々いる。隣のアルファは涼しい顔で、いつもの何考えてるのかさっぱりな笑顔を浮かべていたが。ちなみにテリーヌは机に突っ伏して名家の気品もクソもなく寝ている。 「間に合ってよかったぁ……」  額の汗を拭ってため息をつくシア。明日は筋肉痛に苛まれるに違いない。 「ゆとりを持って行動するなら、五時半くらいに起きないといけないのかな」  アルテミスが顎に手を添えて呟くと、シアが「無理だよお……」と弱々しい声を上げた。  と。ゴン、ゴンとホームルームの始まりを告げる鐘が鳴る。はっとテリーヌが顔を上げると同時に教室のドアが開いて、ワドル先生が入ってきた。  アテナのルーティンであるらしい朝の挨拶と校訓の唱和を済ませ、早速先生は話を始める。 「みなさんおはようございます。今日から、六時間の通常の授業が始まります。二日目ですしまだ慣れてなくてしんどいとは思いますが、徐々に慣れていけるように頑張りましょう」  ほわほわ優しい笑顔ではあるが決して優しいことは言っていない。  うわぁあとテンションを下げる一同を苦笑いして見ていた先生だったが、唐突にはっと何か思いついたように目を瞠った。 「あ、そうだ。忘れてました」 「何をですかー?」  一番前の席に座っていた男子が何気なく聞く。ワドル先生はきりりと瞳を引き締めた。 「みなさん。二週間後には近くの針葉樹の森で課外活動があります」  時が止まった気がした。  え、と固まる生徒たち。  ん、と間抜けな顔をする先生。  謎の数秒の後、ざわわっと激しく教室がざわついた。  えっ、イベントがあるとか聞いてないんだけど。ていうか二週間後てめっちゃすぐじゃん。  さっきの男子が頓狂な声を上げた。 「いや、初耳なんですけど」 「まあ、初めて言いましたし」 (おいっ)  呑気な口調の先生に内心全員がツッコむ。  先生はのんびりと言った。 「すみませんねえ、本当は昨日伝える予定だったんですけど。まあ、昨日も今日も変わりませんよね」 (大丈夫かこの人……)  あまりにおおざっぱな考えに不安になってくる生徒たちである。  先生曰わく、課外活動とはいわゆるキャンプのようなものであるらしい。一泊二日で、自分と同じ班の生徒たちだけでテントを張り食料を手に入れる。学年全員で行う昔からの行事で、魔法の腕の向上や同級生との親睦を深めるために行うのだそうだ。  その説明に、生徒たちはざわつく。何しろここにいる生徒たちはほとんど中流から上流階級の出。キャンプの経験なんてある人のほうが少なく、当然サバイバルの術など何もわからない。  肉の焼き方とかテントの建て方とかそういう次元ではない。どういうものは食べてよくて、どういうものは食べちゃダメで。そんなこともわからないのが大半だ。  不安そうな生徒たちに、しかし先生は微笑みかけた。 「といっても、料理の作り方とかテントの組み立て方とかはそういうことが書かれた本を渡しますので。その辺りは心配しなくて大丈夫です」  その杖を振ると、魔法で目の前の机に文庫本くらいの本が現れる。  手に取って目を通すと、課外活動のために必要なことがたくさん書いてあった。これくらい詳しく書いてあれば、まあキャンプ中に食いっぱぐれる心配もなさそうである。アルテミスはほっと安心した。 「しかし、それがあるからといってみんなと協力しなければ課外活動は成功しません。人任せにせずに内容をちゃんと理解して、ひとりひとりが本番にしっかり備えておくことですよ」 「はーい」  声を揃えて返事をすると先生は微笑んで続けた。 「よろしい。あ、班は、出席番号で分けます。1から5、6から10みたいな感じでね。苦手な人がいても仲良くするように。あと、役割分担を昼休みの間に決めといてください」  アルテミスははっとして周りを見渡す。同じ班なのはシアとテリーヌと大人しい男子二人だ。 (悪くない)  特にシアがいてくれるのは嬉しい。  ほっとしていると、ホームルームの終わりを告げる鐘が鳴った。先生がぱんぱん手を叩く。 「はいはい、これから一時間目ですよ。一時間目は魔術。筆記用具と教科書とノート持って、魔術室まで行ってください」  魔術室って。なんか怪しい部屋である。まあ、理科室とかと同じようなものなのだろうけど。  慌てて準備を始める生徒たちの背中を、先生ののんびりした声が追いかけた。 「魔術室は、天馬の絵のすぐ隣です」
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