5 我が儘な姫と謎々の魔獣

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5 我が儘な姫と謎々の魔獣

 ❇❇❇  ここはハルタの王都、そしてその真ん中にそびえ立つ王城。  この城には召使いの他に、王様、女王様、そして王子様が住んでいた。  小さな小さな、幼い王子様。くりっと丸い瞳、中性的な顔立ち、艶めく長めの髪は、まるで子犬のようでなんともかわいらしい。  けれどこの王子様。本当は、生を受けて十五年を超えていた。  王家の血筋は少し変わっていて、精神年齢を受けて外見も成長するという性質を持っている。いつまでも中身が子どもなら体も大きくならないし、逆にあまりにも達観しすぎているとすぐに老人になってしまう。  とは言え、ほとんどは普通に心も体も成長していた。  しかしこの王子様は違う。侍女や下人に甘やかされ、いつまで経っても心は小さな子どものままだ。それに伴って、体も生まれて五年ほど経ったときから全く変わらない。  今日も王子様は自由奔放だ。最近は政治の勉強もせずに専ら狩りに明け暮れている。 「こら、遊びに行くな!今日は勉強の日だろう!」  王様がそう咎めても、馬耳東風。べーっと拒否するように舌を出して、馬に乗って消えてしまう。  王家の一族は非常に寿命が長い。エルフまでとは行かずとも、五百年は生きる。だからしばらくは王子様が子どものままでも問題はない。  しかし、百年も二百年もこのままだったら?誰が王位を継ぐのか?  王子様の妹───お姫様は、未だのに…… 「早くこの王城に戻ってきてくれ、姫よ……」  王様は銀と青が混じったような月色の瞳を物憂げに伏せた。  ◇◇◇  さて。所変わってアテナ魔法学園。  忙しい休日はあっという間に終わりを迎え、また平日がやってきた。  今は地学の授業中。地学というのは主に星の動きなんかを勉強する科目で、今は座学のみだが夏になれば屋上に登って夏の大三角を眺めよう、という話も出てきている。難しいが楽しい科目だ。  そして地学は、まともでイケメンで一発目の授業でものすごい女子人気を獲得した先生───グレイ先生が授業を行っている。  名は体を表すとはよく言ったもので、紅茶色の明るい髪を持ったグレイ先生はアールグレイのように上品で落ち着いた先生である。その優しい笑顔とわかりやすい教え方のおかげで学年問わずモテるので、今年のバレンタインはえげつないことになりそうだ。  グレイ先生は黒板に美しい文字を書きながら生徒たちに言う。 「そう言えば、来週は課外活動でしたね」  はっ、と思い出す一同。来週の水曜日には、近くの針葉樹の森で一泊二日するんだっけ。  黒板を書き終えた先生はくるりと向き直り、柔らかい笑みを浮かべた。 「キャンプなんて羨ましいなあ。僕も行きたいですよ」 「じゃあ先生いっしょに行きましょう!」  調子に乗った女子がふざけたことを言う。「それは無理ですけどねえ」と先生は苦笑した。  そして、手に持ったチョークでスライドに魔法で映し出された星座をこんこんとつついた。 「針葉樹の森は人工的な光がありませんから、それは綺麗な星が見えると思いますよ。おうし座とか、探してみてくださいね」  そう言って優しく笑えば、グレイ先生推しの女子たちがきゃーっと騒ぐ。  今日も三組は騒がしい。  次の授業は魔術である。教科担当はご存知のとおりクイナ先生。明らかに生徒たちのテンションががた落ちである。  最初の授業の茶番は生徒たちにも大うけだったのだが、「生徒相手にガチになりすぎ」というところはあった。しかも授業をする度復讐のようにアルテミスに問題をふっかけてくるので、やっぱりガチすぎとみんなドン引きであった。  ちなみにアルテミスも出題してくるのはわかっているので事前に勉強し、見事に返り討ちにしている。わざとでも間違えればこのループも終わるんじゃないかと思わないこともないが、ここまでくるとプライドが出てきてしまう。相手が飽きるまではこのまま連勝してやろうと決めていた。  クイナ先生はいつもと同じどことなく粘っこい喋り方で授業を始める。 「今日は、魔法使いの属性について話をしますわね。教科書28ページを開きあそばせ」  アルテミスがそのページを開くと、そこには興味深い内容が記されていた。  教科書と先生曰わく、魔法使いには属性というのがあるらしい。普通の魔法とは別に、圧倒的に得意なジャンルがどんな魔法使いにも一つだけあるのだそうだ。  そしてそれには様々な名前がついている。  例えば。燃え盛る炎を操るのは「赤炎使い」と呼び、うねる水を操るのは「青流使い」と呼ぶ。閃く電気を操るのは「金雷使い」、吹き抜ける風を操るのは「緑風使い」。他にも数多の虫を操る「紫蟲使い」、煌めく氷を操る「碧氷使い」などなど……。  ある程度は覚えなくてはならないのだが人の数だけこのジャンルがあると言っても過言ではなく、すべてを網羅するのは不可能。よって筆記のテストには一番数の多いとされる基本的なものだけ出すそうだ。  そしてこの属性。  それはまだ発揮されていないだけで、確かにアルテミスたちの中に眠っている。 「今度の課外活動は魔法を使う場面も多いでしょうし、あの行事を機に自分の属性が分かるなんて人もいらっしゃるのではありませんこと?」  クイナ先生は水鶏みたいに長い首を動かしながら言った。  また時間は過ぎて昼休み。  アルテミスたちは課外活動での役割分担を決めるべく、班員を集めた。  改めて確認すると、メンバーはシア、テリーヌ、アルテミス、そしてヒュウガにクリという二人の男子である。アルファは班員ではない。 「誰か班長したいひといるー?」  シアが聞いてみるが、立候補者はいなかった。  アルテミスは目立つのが苦手で正直そんな性格でもない。ヒュウガやクリもずいぶん大人しめで、静かにシアたちを見つめるばかりである。テリーヌは「まああたし優しいしぃ、やってあげてもいいけどぉ」とくねくねしていた。  テリーヌがどうも好かないらしいシアは面白いくらいそれを無視し「じゃああたし班長で」と手を挙げる。  テリーヌがさっそく異議を唱えた。 「ええ~?あたしがやってあげてもいいって言ってるじゃん!」 「渋々やるくらいだったらあたしがやります」  ぷくーとフグみたいに頬を膨らませるテリーヌをゴミを見る目で睨み一刀両断。天使のごときかわいい顔して、友達以外には随分冷酷なところもシアという少女の一部である。  しかし、ヒュウガもクリも異論はないようだ。ひそひそ、と二人揃って怯えた目をして囁きあっている。  男子たちが何も言ってくれないので、テリーヌはアルテミスに目を向けた。アルテミスのほうはすいっと目を反らす。 (ごめん。シアちゃんの方が仲いいし、自分もテリーヌちゃんの味方できないよ、さすがに)  ていうか、やりたいなら素直に言えばいいのに……と思ってしまうアルテミス。  ということで結局、班長はシアに。残りの役割分担は現地で決めることとなった。  テリーヌはご不満なのかぶすっとしている。一方シアは彼女を蔑むような冷たい顔。ギスギスした空気を纏う女子たちに、ヒュウガとクリはおろおろするのみだ。  まるで連携の取れていない班員たち。先が思いやられる。 (不安だ……)  痛む胃を押さえて、ずんと溜め息をつくアルテミス。  仲間と親睦を深めるはずの課外活動は、早くも暗礁に乗り上げようとしていた。
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