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息を切らし帰ってきた親友に、シアがぱっと顔を上げた。目の前には小さな焚き火。彼女自身も少し枝を集め、火をすでに作っていたらしい。
鞄をシアの近くに置いて息を整えるアルテミスに、シアが小鳥のような仕草で首を傾げた。
「あれ、アルテミス、どうしたの?アイリーは?」
「えっとね……なんかわたしもよくわかんないんだけど」
アルテミスは草の上に座ってある程度息を整えたあと、さっきのことを語る。時系列が進む度にその愛らしい顔が不動明王みたいになっていくのが怖い。
「……って感じかな」
話し終わると、シアは最早怒りで据えた目をしていた。ひどいひどい!と言わんばかりにココアがバサバサ羽を動かしている。
シアは舌打ち紛れに吐き捨てた。
「何あのゴミ。キメラにでも喰われたらいいんだ」
「言いすぎ言いすぎ」
諫めるアルテミス。キメラなんかに襲われたら勝ち目などないだろう。さすがにここにはいないようなのでよかったが。
草のついたスカートを払って、アルテミスは立ち上がる。
「確かに勝手なところはあるけどさ、放ってはおけないでしょ。だからわたし、迎えに行くよ」
「えー。襲われても自業自得でしょ」
やめとけ、無駄足だ、みたいな顔をしているシアに苦笑いする。
「それもそうだけどさ、やっぱ止めらんなかったわたしにも責任あるし。あとこれで何かあったら怒られるのわたしたちだからね」
班員一人統制できないのかと叱られてしまうだろう。シアは「まあ確かにあいつのせいであたしらまで叱られるのは嫌だな」と呟いた。アルテミスもそっちが本音である。
「だから、行ってくるね。ヒュウガくんたちも帰ってきたら簡単に説明しといて」
「あいよ。気をつけてね」
ひらりと手を振り合い、アルテミスは森の奥へ駆けていった。
さて、アルテミスは本来の姿を露わにし、耳と尻尾を揺らして駆けていた。
この姿をとれば本物の狼と遜色ない走り───とまでは言わないけれど、かなり速く走ることができる。追いかけるのには便利だ。
(何か、魔法生物に襲われてないといいけど……)
何だかんだ強かそうなテリーヌのことだ、へらへら笑いながら攻撃をかいくぐってそうな気もしないでもない。
でも彼女も、一人の子どもだ。襲われれば最悪死んでしまう。
そういうアルテミスだって魔法界初心者だけど、きっと人狼は人間より強いはず。それで少しでも足止めできれば、あとはもうテリーヌが逃げればいいだけなのだ。
人狼はどうがんばっても嫌われる生き物なんだから、人間を庇って死ぬくらいがかっこいいよね。
そんなことを走りながら考えていたとき。
「ちょっと待てや人間っ!」
ハスキーな声と共に、大きな影が躍り出た。
「わぅんっ」
アルテミスは狼然とした悲鳴を上げ、慌てて足を止める。
(何だっ!?)
警戒心に満ちた目で、目の前に立ちふさがった大きな獣を見上げた。
「……あれ、人間やのうて狼やな」
そいつはそう呑気に言って、にっと笑った。
アルテミスはその影を前に動けなくなる。
魔獣だ。上半身は高校生くらいに見える黒髪の美しい少女、下半身は小麦色の毛皮が眩しい雄々しいライオン。少女の背中には大きな鷲の翼がはためき、体のあちこちを金の装飾が彩っている。
みたらしみたいな深い茶色の瞳が、面白そうにこっちを見ていた。
(スフィンクス……!)
アルテミスは目を瞠る。
スフィンクス。人間の上半身、ライオンの下半身、鷲の翼を持った大型の魔法生物。知能が高く力も強く、古代エジプトやギリシャの時代から秘密の宝物を守り続けてきた古の魔物。その宝物を手にするのにふさわしくない者は、その鋭利な爪によって引き裂かれるという。
彼女は、そんな伝説そのままの姿をしていた。
魔法生物を見たのはこれが初めてではないけれど、こんなに大きいのは初めてである。
怖い。
アルテミスは杖をぎゅっと握りしめた。
そんなアルテミスに、スフィンクスは快活に笑いかける。
「よう、狼の嬢ちゃん」
「ひぇ……」
アルテミスは怯えた顔で尻尾を巻く。スフィンクスはそんな仕草に苦笑した。
「そんな怖がらへんでもええで。あたしはそこまで好戦的なタイプやあらへんし」
「そ、そうなの?」
スフィンクスはにこりと頷く。確かに、体は大きいけれど人畜無害そうな笑顔である。アルテミスは少しだけ警戒を解いた。
スフィンクスは楽しそうに長い尻尾を振った。
「あたしはスフィアリア・ローアドウリュ・クライアルス。よろしくなあ」
(名前ながっ)
元日本人のアルテミスはびっくりである。長すぎて正直覚えられる自信がない。けれどそれを直接言うのも失礼なので、アルテミスはこてんと首を傾げて問うた。
「……長めだから、すーちゃんって呼んでもいい?」
と、彼女は大きく目を見開いて「すー……っ」と頬を染めた。
どうやらあだ名が嬉しかったらしい。
「まあ、ええよ」
スフィンクス改めすーちゃんは、にやりと楽しげに笑った。
その人好きのする笑顔に微笑んでしまうアルテミスだが、なぜここに来たのか思い出して我に返る。
「そうだすーちゃん。わたし、この先に進みたいの。通してくれる?」
と。
「それはできひんなあ」
すーちゃんは驚くことに首を振った。アルテミスは「えっ」と眉根を寄せる。
「そんな、困るよ。急いでるの」
「絶対に通さへんっちゅうわけやないで。通る条件は簡単。あたしのわがままに付き合ってくれればそれでええ」
「わがまま」
アルテミスは鸚鵡返しにした。
すーちゃんは牙を見せつけ笑う。
「そう。あたしの謎々、それも一問に正解する。それだけや」
「謎々?」
アルテミスは首を傾げた。そうや、と彼女は頷く。
そういえばスフィンクスというのは謎々が大好きで、謎々に答えた者を宝物を手にするにふさわしい者であると判断するのだった気がする。
逆に言えば、答えなければ通ることは絶対にできない。相手のほうが絶対に強いのだから。
アルテミスは迂回する道はないか辺りを見回す。しかし待て、見つけたとて通り抜ける前に八つ裂きにされるのではなかろうか。アルテミスはそう思い直した。
どうやら謎々に付き合ってあげるしか通る道は文字通りないようだ。
なんで友達でもない人を助けるためにこんなこと……と囁く悪魔を払いのけ、アルテミスはすーちゃんの目を見上げた。
「わかった。謎々、出して」
楽しそうに、にっとすーちゃんが笑う。
「よっしゃ。じゃあ、行くで?」
犬にあり、花にない。
さいころにあり、トランプにない。
食パンにあり、クロワッサンにない。
じゃあ、袋にはある?ない?
「ぐっ……」
アルテミスは唇を噛む。
聞いただけでは、全くわからない。
どうやらすーちゃんは、そう簡単には通してくれないようだ。
黙り込むアルテミスに、すーちゃんは心から楽しそうな笑みを向けた。
「ほらほら、のんびり考えとる暇ないで?急がんとお友達が危ないんやろ?」
「全く、誰のせいだと思ってんだか」
アルテミスは挑発的に睨み返し、脳みそをフル回転させた。
まずは犬とさいころ、食パンの共通点を見つけなければならない。
(うーん、白い、とかじゃないよね)
さいころや食パンは白いものが多いが、犬は白とは限らない。黒も茶色もいるはずだ。ふわふわとかだと犬や食パンは共通しているが、さいころが違う。犬とさいころの共通点は、そもそもない気がする。
それでは、食パンやさいころには何か他のものと違う珍しい特徴があるのだ。
それを考えるべく、アルテミスはぱっと食パンを頭に思い浮かべる。
食パン。白くてふわふわしてる、ジャムを塗って食べるパンである。
懐かしいな、よく朝ご飯に食べてたな。柔らかい真ん中も好きだけど、あのさくさくしてる耳も結構好きで───
(……耳?)
ふと、その言葉が引っかかった。
耳。食パンと他のパンを分ける大きな違い。もちろん対比関係にあるクロワッサンに耳はない。
これが、カギになっているのではなかろうか?
アルテミスは掴みかけた手がかりを手放さぬようにさらに考える。
さいころに、耳はない。でも。
(さいころには、目がある……!)
閃いた。
これは『顔のパーツがあるか否か』で分けられるのだ。
動物である犬には当然、顔があり目や口がある。食パンは耳、さいころは目だ。けれど植物である花や、トランプやクロワッサンにそれらはない。これこそ大きな手がかりだ。
そして、どちらのグループにあるか問われている、袋。袋には目も耳も鼻もない。けれど、袋には『口』がある。
つまり答えは。
「わかったよ、すーちゃん!答えは『ある』だよね!」
アルテミスは高らかに言った。
すーちゃんは目を大きく見開いた。驚いたように尻尾を揺らし、ドキドキと心臓を高鳴らせるアルテミスの前でやれやれと首を振って、
「……ふっ、やるなあ、嬢ちゃん。そうや。正解や」
にやり、と嬉しそうに笑った。
「やったあ!」
アルテミスは飛び上がって喜ぶ。
予想外の遊戯だったが思った以上の達成感にわーいわーいと喜ぶ狼の子に、すーちゃんは微笑んだ。
「いやあ、久しぶりに楽しませてもろたわ。この姿じゃ謎々出す前に逃げられてしもうてなあ。寂しかったんや」
「そうなの?」
すっかり心を開いたアルテミスはくりんと首を傾げる。にこり、と笑った。
「すーちゃんを怖がるなんて、そのひと相当なビビりだね!誰なんだろ?」
「鏡見たらおるんやないか?」
「え?」
「え?」
二人で顔を見合わせて笑う。アニメ映画のワンシーンのようである。
そう言ってふざけたあと、不意にすーちゃんはアルテミスの隣まで歩み寄って伏せの体勢を取った。今度は不思議そうにアルテミスが首を傾げる。
「?」
「乗り」
すーちゃんは後ろ手で自身の金色の背中を指差した。思わぬ言葉にアルテミスは驚いて目を瞠る。
「えっ?いいの?」
すーちゃんはもちろん、と頷いた。
「ああ。急いどるんやろ?あんたが足止め食らったのはあたしのわがままのせいやし。借りは作らん主義なんでな」
アルテミスはきょとん、と呆けていたが、やがて少しだけ頬を染めた。
「……わたし重いよ」
すーちゃんは快活に笑う。
「大丈夫や。ライオン舐めんな、五百キロ以内やったら余裕や」
「嘘ばっかり」
そう言いながら、アルテミスは何度も確認を取ってようやくすーちゃんに跨がった。ぐん、とすーちゃんは逞しいライオンの足をしなやかに伸ばす。
「お客さん、どこまで」
「この先の崖まで」
アルテミスが言うと、返事の代わりにすーちゃんは鞭のように尻尾を振った。
「じゃあ行くで。よう掴まっときや」
アルテミスがぎゅっと腰にしがみつくと、すーちゃんは弾丸のようなスピードで駆け出した。
速い速い。まるで疾風になったかのようだ。無数の木がびゅんびゅんと後ろへ飛んでいき、ごうごうと風の音が聴覚を支配する。アルテミスは滅多に乗れぬであろうスフィンクスの背中を堪能する余裕もなく、脱げそうだった帽子を抱えてひたすらその風圧に耐えた。
その間もすーちゃんは呑気に話しかけてくる。
「そう言えばその友達って、茶色い髪と黄色い目のガキか?おっきいリボンつけて、アテナの制服着たやつ」
その特徴はテリーヌに全て当てはまっている。知っていたのか。アルテミスは驚いた。
「そうだよ。テリーヌちゃんっていうの。すーちゃんも知ってたのね」
すーちゃんは微妙な反応をする。
「まあ知ってたちゅうか何ちゅうか……あいつにも謎々を出したんや」
「あ、そうなの?」
アルテミスはさらに驚いたが、考えれば当然か。テリーヌはすーちゃんのいる道を通って、いま崖の前にいるはずだ。
「じゃあテリーヌちゃんもあの問題解けたの?」
「いや?『わかんなぁい』とか言ってくねくねしとったからめんどくさくなって通した。謎々は好きでやりよるだけやし。何となく馬の合わなそうなやつとまで遊ぶ必要はないしな」
「……そっか」
あっけらかんと言い放つすーちゃんにどこからつっこんでいいかわからず、アルテミスは無難な返事だけして乾いた目を閉じた。
そんな時間も束の間。
「ついたで」
その声と共にすーちゃんは柔らかく足を止める。
アルテミスは閉じていた目を開けて耳と尻尾をしまい、帽子をかぶった。
目の前には、テリーヌが崖の前に立っている。海に夢中なのか何なのか、ふらふらと危なっかしい。見た感じ怪我はなさそうなので魔法生物に襲われたなんてことはなさそうだが、如何せん立っている位置が悪い。踏み外して落ちたりでもすれば大変だ。
アルテミスはその背中を降りた。
「ありがとう、すーちゃん」
「おう」
すーちゃんは快活に笑って、帽子越しにわしゃわしゃアルテミスを撫でる。アルテミスは苦笑して、テリーヌに声をかけた。
「テリーヌちゃん!勝手に行動されたら困るよ」
咎めるような言葉になったのは許してほしい。テリーヌのせいで困ったひとは、アルテミスだけではきっとないのだから。
テリーヌはくるり、と振り返った。にぃ、と黄色い瞳を細める。
「あれぇ、アルテミスちゃん。薪集めはやめたのぉ?」
「もうおおかた集まったからね」
話を逸らさないで、とアルテミスは真っ黒な瞳で少しだけテリーヌを睨んだ。
アルテミスは温厚で、たいていのことは笑って流せる。けれど、場を乱し好き勝手に動かれるのでは、さしものアルテミスも怒らぬ訳にはいかないのだ。
群れで生活し、仲間との絆と調和を重んじる狼の子だからこその考え方である。
「明日は自由行動なんだからさ、今日は我慢して。色んなひとに迷惑かけてるんだから」
と、テリーヌはわざとらしく身をすくめて、
「わぁ、アルテミスちゃんこわぁい。牙があって、ガルルルって唸ってて、なんだか狼さんみたいだよぉ」
後ろに一歩下がった。
アルテミスが悲鳴を上げる。
「後ろっ!崖よ!?」
「えっ?」
そのときだった。
がらり、と足場が崩れて、テリーヌは後ろに倒れ込んだ。
大きく瞳を見開いて、しかし重力には逆らえず下へと吸い込まれていく。
大口を開けてテリーヌを待ち構えるのは広大な海だ。落ちれば命はない。
アルテミスの体は、考えるより先に動いていた。
「ガルルルッ」
アルテミスは襲いかかる獣のように腰を落とし、低く唸った。
その足で力強く地を蹴り、狙いを定めて飛び上がる。太陽を背に瞳を鈍く光らせて、アルテミスはテリーヌに強襲した。
精いっぱい、腕を伸ばす。
果たして、その手は───
ガッ!
テリーヌの手に届いた。
「やった!」
アルテミスはぱっと顔を明るくする。
しかし喜んだのも一瞬。アルテミスよりもずっと大柄なテリーヌの全体重がアルテミスの腕一本にのしかかる。
(うぐぅ……っ)
アルテミスが優れているのは瞬発力だけ。力は皆無だ。必死で崖を握って耐えるが、ぼろり、と土は脆く崩れた。
ぐらり、と体がよろめく。
「きゃっ」
「わぁあっ」
二人は手も離せず、海へと落ちていく!
((死ぬ!!))
と確信した、そのとき。
ひょい、と首根っこを掴まれる感覚とともに落下が止まる。
「「!?」」
混乱する二人を掴んだ人物は二人を陸地まで連れ戻す。
「な、何!なんなのぉ!!」
テリーヌがヒステリックに叫んだ。
すると上から、
「うぐ、重い。さっきこんな重かったっけ……」
という声が振ってきたかと思うと、どさりとテリーヌが地面に落とされた。「おお、軽くなった。さっきのやつのせいやったんやな、重かったんは」と失礼で軽妙な台詞が耳に届く。
反対にアルテミスはひょいとさらに持ち上げられ、顔の高さまで体が浮いた。楽しげな、みたらしを煮詰めたような深い瞳がこちらを覗き込んでくる。
「すーちゃん!」
アルテミスは黒い瞳を瞠った。
そう。落ちそうになった二人を救ってくれたのは、すーちゃんだったのだ。
「ば、ばばば化け物……」
地面に落とされたテリーヌは腰を抜かし、へたりこんでいる。すーちゃんはそんなテリーヌをちらりと一瞥したあと、アルテミスを優しく下ろした。にっと快活に笑う。
「もう、アルテミスはバカやねんなあ。なんでわざわざ死ににいくねん。アホか」
アルテミスはむっと唇を尖らせた。
「失礼な。あれで助けなかったらテリーヌちゃん間違いなく墜落死してたよ。でも手が掴めたら助けられるかもしれないじゃん。ちょっとくらい運に賭けたっていいじゃん」
「何のためにその杖はあるんや」
愉快そうにすーちゃんはアルテミスのポケットに入れられた杖を指差した。アルテミスはその杖を見下ろし、かちんと固まる。
「はっ……!」
「やっぱりアホや」
すーちゃんはけらけらと笑ったあと、アルテミスをこねくり回す。
「いやあでも、さっきのやつはすごかったなあ。チビのくせに、獲物に襲いかかる猛獣みたいやったで。さすがおおかm」
「わあああああ!!バカバカバカ!」
狼と言おうとしたのをアルテミスは慌てて遮る。すーちゃんが不思議そうに言った。
「なんや、言ったらダメなんか?狼なんかかっこええのに」
「狼イコール人外でしょうが!そういう目で見られるの嫌なんだって!」
小声で言い合いをしたあと、「まあええわ」とすーちゃんはテリーヌに向き直った。
「おら、あんた。迷惑かけすぎやねん。リスク冒して助けに来てくれたおお……ごほん、嬢ちゃんに、何か言うことあるんやないか?」
ぐい、とアルテミスを前に押し出す。テリーヌははっと我に返って、アルテミスを見つめた。
その目が一瞬で熱を持つ。頬を朱色に染めて、アルテミスに抱きついた。
「のわっ」
「アルテミスちゃぁんっ!助けてくれてありがとぉっ!」
目を白黒させるアルテミスに、すりすりと頬を寄せる。もしシアがいたら「おい殺すぞ」と怨念を振りまいているところである。
きょとんとしていたアルテミスだが、なんか感謝されてるっぽい、とアルテミスは嬉しくなった。人から感謝されると嬉しい。イヌ科の生き物の宿命である。
「えへへ!助けられてよかった!」
そう笑うと、テリーヌはアルテミスの小さな手を握り、にぃ、と笑った。
「優しいアルテミスちゃんは今日からあたしの親友ね!大好き、アルテミスちゃん♡」
そのとき。
ぞっ、と背筋を冷たいものが走った。本能的にぶわあ、と毛が逆立つ。
本能が拒否しているような、生理的な悪寒。
「……?」
アルテミスはその感覚に首を傾げる。
けれどすぐに収まったので、アルテミスはにこり、と微笑んだ。
「うん、よろしくね!」
◇◇◇
そしてテントに戻ったアルテミスは焚き火を囲み、夕食の魚を食べながらシアにこのことを話した。するとシアは、
「ダメ!ダメダメダメっ!アルテミスの親友はあたしだけっ」
それはもう激しくテリーヌに牙を剥いたのであった。
喧嘩が勃発したのは言うまでもない。
「なんでよぉ!自分も危なかったのに、アルテミスちゃんは助けてくれたんだよぉ?これは相思相愛の証拠だよ!」
「うるせえゴミが!見捨てられなかったから助けただけでしょ!勘違いすんなよイタ女!」
「何ですって!?ていうか、そっちはアルテミスちゃんにくっつきすぎなの!ちょっとは離れろよ、目障りなんだけど!」
「はあ!?」
小学校一年生とは思えない罵詈雑言が飛び交う中で、アルテミスは静かに考えていた。
(結局、あの悪寒はなんだったんだろう?)
いくら考えても、今日の謎々のように答えが出ることはなかった。
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