2 少女は竜を連れて微笑む

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2 少女は竜を連れて微笑む

 さて、スノーの魔法で警察署を抜け出した二人は夜の街を歩いた。なんでも、ハルタに瞬間移動できるすごいところがここにもあるらしい。それを目指し、二人は歩いているのである。  アルテミスの手荷物は狂暴化抑制の薬のみ。これだけは置いていけないと言って持ってきたのである。アルテミスは自分のせいで誰かが傷つくことだけはあってはならないことだと信じていた。  閑話休題。  歩きながらスカウトの説明を受けた。スカウトは推薦というやつなので学費免除であることや、スカウトはめったにいない存在であるので自慢はしないほうがいいということ。ちなみに入学するにはお金は要らずとも名字は要るので、スノーが言った「いや、英語とか知ってる人いないし『アルテミス・ウルフ』でよくない?」というのに決まった。我らながらずいぶん適当である。  アルテミスはスノーを質問責めにした。顔は笑えているかどうかわからないけれど、気持ちはとっても明るい。 「ねえねえハルタってどんな国?アテナでは何を勉強するの?」  際限なく質問をすれば、スノーは「君、よく喋るなあ」と愉快そうに笑う。アルテミスは指摘されて少しだけ恥ずかしくなった。  確かに警察署にいたときは希望もなく沈んでいたので、落ち着いた性格だととられてもおかしくない。けれど本来のアルテミスは好奇心旺盛な性格の持ち主。気になったことは聞かずにいられない。  スノーはにこにこ答えてくれた。 「えっとねえ、ハルタは都会って訳じゃないんだけど、アテナがあるからそれなりに人口はあるかなって感じかな。雪国だから冬は雪かきとか大変なんだけど、一面真っ白けの街は絶景だぜ。それから、アテナでやるのは歴史、公民、地理、地学、化学、生物、古語……とか?あ、あと、『魔術』ってのもやるよ」 「魔術?」  聞きなじみのある教科の中に聞こえた初耳の教科にアルテミスが首を傾げると、スノーは説明してくれた。 「魔術っていうのは、魔法を学んだりぶっ放したりする授業だよ。歴史とか公民とかも大事だけどさ、やっぱりアテナでは魔術に一番力を入れてるんだよね」  魔術は座学の科目であり実技の科目でもあり、魔法の特性をノートにとることもあれば外で実際にやってみたりすることもあるようだ。普通の学校で学ぶ教科の中で一番近いのは、『保険体育』かもしれない。  と、ここでアルテミスははっとする。  そういえばわたし、ハルタって異国に行くんだよね。ハルタ語なんてわかんないんだけど。 「ねえ、スノー。わたし、ハルタ語喋れないよ」  と、スノーがにやりと笑った。 「それはもう僕が魔法をかけた。今君はハルタ語を喋れるし、書けるし、読めるようになってる」 「いつの間に……」  アルテミスは呆然とした声を出した。  手際がよすぎて呆れてくるが、スノーは警察署を出たあたりからハルタ語で喋っていたらしい。そしてそれにアルテミスは無意識にハルタ語で返していたようだ。呪文も杖もなく魔法をかけそして成功させてしまうあたり、魔法学園の校長の右腕という肩書きも伊達ではないらしい。  となんだかんだ話しながら街を歩き、やがて人気のない路地裏にやってきた。足元をクモやねずみが掠めていく。  その奥に、大きな青色のゴミバケツがあった。スノーはそれをじっと見つめている。  はっとした。嫌な予感が頭を過ぎる。 (これってまさか……)  心の中でその続きを紡ぐ前に、スノーが振り返る。 「ついたよ。このバケツに入ればアテナに飛べるんだ。すげえだろ」 (やっぱり!)  的中である。  気持ち的な問題で、あんまりゴミバケツの中というのは入りたくないのだが……。 「中、ゴミとか入ってない?」  恐る恐る聞けばスノーはバケツに前足をかけて立ち上がり、鼻で蓋をどけて覗き込んだ。  すん、と黙り込んで考えてから答える。 「…………まあ、セーフでしょう」 「ちょっと入ってるんだ……」  嫌だよ、別のとこから行こうよ、と後ずさるアルテミスの首根っこをくわえるスノー。当然やいやいと言い合いが始まる。 「ちょっとっ。くわえないでよ」 「うるさいなあ、入らないとハルタには行けないの!アテナ行きたくないの!?」 「行きたいけど、ゴミバケツの中に入るのは嫌っ。日本人は綺麗好きなんだから」 「もー、めんどくさいなあ!ここら辺だとループできるのここしかないの!」  低レベルな言い合いに嫌気が差したのか、問答無用とばかりスノーはうぉんと籠もった声で吠えた。  その瞬間である。  ゴミバケツが大きく跳ねてきらりと輝いたのだ。  犬が吠えただけで物は跳ねないし光らない。現代の日本───いや人間の技術では叶わない光景だ。すなわち。 (魔法だっ)  アルテミスは抵抗も忘れ真っ黒な目に星を散らす。初めてはっきりと魔法を目にした歴史的瞬間である。  魔法の対象がゴミバケツというのが玉に瑕だが。 「じゃあ、行くよ」  スノーの籠もった掛け声が耳に届く。  スノーは尻尾を大きく振ってアルテミスをしっかりとくわえ、バケツの中に身を踊らせた。  青色のバケツに金色の尻尾が吸い込まれていく。  がたん、とバケツが揺れて、大きなシェパードと小さな狼は消えた。
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