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「明るくていつも笑顔な朱翔と居れば、何でも出来る気がしたんだよ。あたりまえのように明日も、いや何年後も二人で並んでる未来が見えた。だけど――――何かがきっかけでその未来は変わった」
「何かって……何、だよ」
たどたどしく尋ねると、彼女は首を横に振った。
「分からない。朱翔は思い当たる何かがあるの?」
「別に、ないけど……」
「そっか。ならいいんだよ」
そう返事を返すと彼女はドレッサーの椅子に腰を下ろし、上機嫌に身支度をし始めた。理由はわからないが胸騒ぎがした。
けど、自分の本能に従うべく部屋全体を見渡すと部屋の隅にはキャリーケースが一つと大きめのボストンバックが置かれていた。
「おい……お前、出て行くつもりなのか?」
そう聞く俺の声は震えている。
それを同時に、自分がした今までの罪が全て返ってきているとさえ感じた。
「出て行くわけじゃ、ないわ」
たぶん、その言い方は戻ってくることはない。
彼女はいつもそうだった。本音を心にしまい込んで言葉を言い換えて、柔らかくして、ひとに伝える。
でもその言葉の中に彼女の想いは一欠けらもない。
「ならなんだよ」
「あなたには関係ないわ」
そう返したのは、俺の知ってる彼女じゃない。
久しぶりに彼女とちゃんと面と向かってみたが、ずいぶんお互いがすれ違っていたことに改めて教えられた。
知り合った頃の面影はもうなかった。
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