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11時を過ぎると街も一気に静寂になった。 さっきまで灯りがついていた店も閉じたのか、ベランダから見下ろす街並みには星々の光と窓からもれた電気のみが夜の世界を照らしている。 そろそろ夜空を見るのも飽きてきたのと同時に、遠くで玄関の扉が開く音が聴こえた。 「ただいま…」 ネクタイを緩め、疲れ気味に彼はそう言葉をこぼす。 いつもならとっくに眠りについているはずの私が、わざわざ起きているのは彼の帰りを待つためだ。 週に一度だけ、ここ()に戻ってきてくれる彼の姿を見るためだけに。 「おかえり。遅くまでお疲れさま」 「うん」 緩めて外したネクタイをあたりまえのように私に手渡し、彼はそのまま真っ直ぐリビングへと向かった。 私の顔を見ることもせずにすぐにポケットから携帯を取り出し、ソファに腰を掛ける。そんな様子に私はどうしていいかもわからずに、渡されたネクタイに視線を落とした。 これ、私があげたやつじゃないよね…? 新緑色の生地に光沢のある金糸で刺繍が施されたネクタイ。 彼が持っているネクタイは私があげたものだけだった。誕生日にプレゼントしたのをきっかけに彼はネクタイしか身につけなかった。なのに…そうだったはずなのに、このネクタイをプレゼントした記憶はない。 「……どうかしたの?」 立ち尽くしている私に気づいたのは彼はそう聞く。 だけど、視線は携帯に向けたままで不意に視界に入ったから聞いただけだろう。 「ううん。何でもないよ。私、もう寝るね」 「そっか。ネクタイ、洗濯機に入れといてくれない?」 「―――うん」
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