②初めての帰り道、君に見蕩れた

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(なんか、すごく疲れたかも)  パジャマ姿で自室のベッドに倒れ込む。  ドライヤーで乾かした肩までの髪の毛は、まだしっとり濡れている気がしたけれど、それでもいいかと息を吐いた。  枕の傍に置いておいたスマホがチカチカ光っているのが視界に入り、タップする。するとそこには『帰り、大丈夫だった?』と澪からのメッセージが入っている。  心配して連絡をくれたのだろう。確かに戌介の言う通り、面倒見が良すぎるかもしれない。でもそこが澪のいいところだと涙花は思う。 (あ、そういえば戌介くんと連絡先、交換しなかったな)  道をわかれた時はそんなことを考える余裕がなかったし。でもどうせまた明日学校で会うのだから別にいいだろう。  先ほどの今で仲良くメッセージのやり取りをしましょうとなったら、正直、少し、勘弁だった。  涙花は溜息をつきながらスマホを手に取り、コロンと横に転がる。 『少し疲れたかな』とか返したら、きっと心配されるだろう。もしかしたら電話が掛かってくるかもしれない。澪だって部活後で疲れているのに、きっとこっちを優先してくれる。 「…………」  涙花は画面を無表情で見つめてから、『大丈夫』と打つ。 『私のこと気遣ってくれて、楽しく帰れたよ』  困ったりもしたけれど、楽しくなかったわけじゃない。 (なんか、すごく、綺麗だったし)  何をどう表現したらいいのか分からないけれど、戌介と空が一緒になったあの姿はまるで一枚の絵だった。  その時を思い出すと、今でもその姿に見蕩れてしまう。  シュポ! とスマホから音が鳴る。澪からの返信の音だ。 「はや」  つい口にしてから画面を見ると。 『ほんとに⁉ 無理してない⁉ ワン子の家すぐそこだから、いつでもシメに行くよ!』 「はは、大丈夫だってばもう」  相変わらずな彼女に笑って、もう一度同じ言葉を打っていく。それだけ心配してくれることに感謝しつつも、そこまで心配される戌介もどうなのだろうと、また笑えてくる。 (そういえば)  涙花はメッセージのやり取りの画面を閉じ、検索サイトを開く。そこに『ソウルメイト』と入力していく。 ――――俺たち、ソウルメイトだとも思うし。  何となく知っている言葉だが、どうして戌介は自分たちをソウルメイトだと思ったのだろう。  もしかしてあの告白は一目惚れではなく、その類いも関係しているのだろうか。  検索ページにヒットしたうちのよく知るサイトをタップする。 「えっと、ソウルメイトとは……魂の伴侶?」  様々なことが書かれている中で戌介が感じたものは何だろう。 「初対面でも直感的に懐かしさを感じる人とか。これかなぁ?」  だが涙花の方からすれば、特にそういった感覚は生まれていない。澪の幼馴染みということで身近には少し感じるけれど、ソウルメイトという特別な何かは無いような気がする。 (でも、クレープの件はなんかバレてたっぽいし)  言葉にしてはいないのに、どうして分かってしまったのだろう。こちらは運命的な何かを感じたわけではないが、実は本当にソウルメイトだったり? 「そんなことあるのかな」  ふふ、と笑みが零れた――が。  バン! と大きな音が涙花の部屋の下、一階から聞こえ、それから両親の声が響いた。 『いい加減にして! いつもいつも! こっちの身になってみなさいよ!』 『またこんなことで大声出して情けないなお前は! キンキン響いてうるさいな!』 (…………ほんと、いつもいつも。キンキンうるさいな)  弧を描いていた唇が、だんだん下がってくる。  両親の喧嘩はいつものことだ。別に最近喧嘩が多くなったわけではなく、小さい頃から、あの二人は息を吸うかのように喧嘩をするのだ。  よく離婚しないなと思いながら、きっと書類やら手続きやらが面倒くさいんだろうなと察している。  喧嘩をするほど仲が良いという言葉があるけれど、実際はどうなのだろう。  意見がぶつかり合うのは悪いことではない。でも自分の言い分ばかりぶつけていても、何の解決にもならない。喧嘩になったとしても、相手の意見に寄り添い合うから仲が良くなるのではないか。  自分の両親がでは仲良しかと聞かれれば、即座にノーと答える。これだけ日々喧嘩出来るのもすごいことなのかもしれないけれど。 (喧嘩は、好きじゃない)  相手を傷つけることもしたくない。  空気を読んで、相手の望む答えを導く。  相手も自分も傷つかず、それなりの友人関係でいい。それが妥当だし、問題にもならない。  上手くやらないと無視される。女子の間で噂になれば標的になる。学校という建物の中では電気が走るかのように悪いことも良いことも伝わっていくから、恐ろしい。 (あんなの、もうイヤだし)  長くて黒い髪の毛を思い出す。  同じ黒い髪の戌介の姿と重なって、見蕩れるよりも不安定な気持ちで目を離せなくなる。  空気を読みたくても、読めない時がある。相手の望む答えが分からなくて、どうしたらいいのか、何を言ったらいいのか。間違ってしまえば、ほら世界から弾き出される。  一度弾き出されてしまえば、もう元には戻れない。  だからもう失敗しないように。  少しでも笑顔で、良い顔して、周りに合わせて、笑って。  壁に似た仮面を作っていくの。 (あーあ、なんだかな)  スマホの画面が視界の中で明るくなる。  届いた澪のメッセージを見ること無く、ゆっくり瞼を閉じていく。 (この世界って、息が苦しい)  瞳が瞼に隠れる暗闇はまるで檻の鉄格子のようで、どこか不安で、それなのに安心する。  スマホを手放して、そのまま瞼のみならず手のひらで顔を覆った。  まるで暗闇に逃げるように。  だから、涙花は気付かなかった。  涙花が打った『大丈夫』の言葉の下に、可愛い猫が泣きそうなスタンプがひとつ。そこには『心配』という文字が描かれていたことに。
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