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引っ越しの段ボール
良く言われる。
引っ越すときに必要な物、不要なものを分けて、不要な物は捨てる。
でも、どうしても捨てられない人は一旦引っ越し先まで持って行って、引っ越して1年経っても開けない段ボールは必要不要にかかわらず捨てる。
奈々子はなかなか物が捨てられないタイプだ。
ヘタってしまって形が崩れているクッションも、気に入って買った時の事を考えると捨てられない。
少しだけ縁が欠けたお気に入りの絵が描いてあるマグカップも捨てられない。
でも、学部が変わる時の引っ越しの段ボールを分ける時には不要。の箱に入れた。
奈々子は大学に来るときに最初の引っ越しをして、大学の途中で学部が変わった時に校舎が遠くなったので近くに引っ越した。
そして、就職するときにはその時の住居とはまた随分と遠くなってしまったのでまた引越した。
学部が変わる時の引っ越しの時から不要の箱にはいつも、『もう捨てた方がいいよね。』と考えている物が入っているのだが、大抵2年間の更新前に次の引っ越しをしているのと、1年経つまではなかなか落ち着かないので開けない段ボールがあっても気にせずに部屋の隅に積み重ねていた。
更新前の引っ越しはいつも慌ただしくて、不要と書いてあることなど忘れ、全ての荷物を再度次の新居へと一緒に持って行くのだった。
引っ越し貧乏と言われるが、それはまさに本当で実家からも叱られた。
でも、就職したらその後は自分のお金ですべて賄うように言われていたので、もう親は頼れない。
就職先の近くに新しい部屋を借りた奈々子は、
『会社の仕事は内勤しかない会社で支店もないから場所を替わることもない。今度こそ長く住むぞ~。』
と、決め、今回は仕事が始まる前に少し時間に余裕があったので、今度こそ、『不要』と学生の時に書いたまま開けていない段ボールの中身を捨てよう。と、引っ越しの荷解きを始めた。
でも、やはり最初は台所用品とか、寝具とか、生活に必要なものから優先的に開けていくことになる。
そして、カーテンの長さが前の物と合わなかったりしたのだが、長すぎる方の合わない。だったので、それはそのまま使う事にして、とりあえず、最初のボーナスをもらうまでは新しい生活用品は買わないことに決めて、どんどんと部屋を片付けながら生活できるように段ボールを開けて行った。
棚が足りない場所は、これまでの引っ越し体験を生かして、引っ越しの段ボールに工夫をして、重ねて頑丈にしたりして段ボールで棚を作った。
見えてしまう端には可愛いテープを貼って、段ボールに見えないようにした。
さぁ、いよいよ、学生時代から未開封の『不要』の箱を開ける時が来た。
2年以上お目にかかっていない物ばかりが出てくるので、何が入っているのかはほとんど忘れていた。
古くなっているテープをべりべりと剥がすと、いつも一番下に詰まれていた『不要』の箱は角がつぶれていてクッタリした感触があった。
テープを剥がして、ちょっと恐る恐る段ボールを開くと、覚えている、新聞紙に包んであるマグカップが出てきた。
新聞紙をほどくと、今も好きな〇ーミンのマグカップが出てきた。覚えているようにやはりカップの縁が欠けている。
『う~ん。飲むのにはやっぱり使えないよね。でも捨てたくはないなぁ。』
奈々子はちょっと考えて、縁が危なくないようにメンディングテープを貼ってペン立てに使うことにした。底に強く筆記具が当たると危ないかもしれないので、引っ越しの段ボールを丸く切ってそこにはめ込んだ。ちょっときつめにキュッキュッといいそうな感じの大きさで。
そして、学生時代に増えてしまっていた筆記用具をこれまでのペン立てにギュウギュウになっていたものを一回外に出して、スティックのりや定規、鋏など、字を書くものと書かない物に分けて、カップとこれまでのペン立てに振り分けて入れた。
その時
【ナイスアイディア】
と、声が聞こえた。
声のする方を見ると、引っ越しの段ボール色をした、三角帽子をかぶった絵本から出てきたような小人が奈々子の前に立っている。
「ええっと?・・・」
【あ、こんにちは、久しぶりだね。ようやくこの箱を開けてくれたんだね。】
「はぁ、こんにちは。そうねぇ。大学2年生以来だからね。」
【さぁ、このクッションはどうする?形は少し崩れちゃってるけどさ、いよいよ捨てちゃう?】
「う~ん。このクッションはねぇ、形を整えれば何とかなると思うんだよね~。多分中身がヘタってつぶれてるだけだと思うんだ。
感触が気に入っていたから捨てられなかったんだけどね。でもずっと段ボールに入れてたからとにかく一回洗いたいなぁ。」
【これ、洗えない素材だよ。〇ァブリーズかけて干したらどうかな?】
「そっか、その手があったね。私はねぇ、学生の間にちょっと手芸部に入ったりなんかしたんだよね。干している間にちょっと中身を確認して、中身の補充分を買ってくる。」
奈々子はクッションの縫い目をちょっとほどいて、中身を確認した。
思っていた通り、中身はスチロールのビーズだった。
ビーズの大きさを確認して、引っ越しの前に確認しておいた大きな商業施設に向かった。
そこには手芸用品を大きく扱っているお店もあるので、クッションに入れる為の、今と同じ大きさのビーズを見付けて購入し、あとはクッションに飾り付けるインド刺繍のリボンも買って帰った。
良い感じで干されたクッションの縫い目からビーズがこぼれないように気をつけながら部屋に入れ、クッションがパンパンになって元の形になるまで買ってきたビーズを入れてクッションの縫い目を閉じ、少し染みになっている所を隠すようにインド刺繍のリボンをぐるりと一周縫い付けた。
段ボールみたいな小人は、段ボールで作った棚に座って、作業を眺めていた。
「よし。できた。久しぶりで肩凝ったけど、可愛くなったし、また使えるね。」
学生時代に購入していた小さなソファーにお気に入りのよみがえったクッションを置いた。
その日はそれで終わってしまったが、『不要』の段ボールの中にはまだ沢山の懐かしいものが残っている。
最初の引っ越しの時には『不要』だと思った品々だが、少しだけ経験値が上がって、これからは物を大切にしなければいけない奈々子は、この不要のダンボールの中身を少しずつ、今の生活で使えるものに工夫して使おうと思い、その日は少し長すぎるカーテンを閉めて眠りにつこうとした。
『あ?そういえばあの小人は?』
クッションにリボンをつけている途中までいたはずの段ボールの小人はいつの間にか消えていた。
クッションが洗えないと知った時に、捨てられないように出てきたのだろうか?少し考えればみんな使えるようになることを教えてくれるために出てきたのだろうか?
翌日から奈々子が徐々に『不要』の段ボールの中身を新生活の仲間に全て入れて、不要の段ボールはさすがにくたびれているので資源ごみとして捨てようとした。
畳み終わった不要の段ボールを縛っていた時、『不要』の段ボールには小人の形の穴が開いていた。
【了】
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