9 時の心地

1/1
前へ
/13ページ
次へ

9 時の心地

 ディアスと迎えた二度目の夜は、窓の外が吹雪いてひどく冷える晩だった。  ディアスは先にローザをベッドに入れて、自らは香を焚いていた。  ゆらり薔薇の香りが漂い始めた頃、彼はローザの隣に横たわって口を開いた。 「君の母を保護したよ」  ローザはそれを聞いて息を呑むと、慌てて体を起こす。 「何とお礼を言えばいいか……! 母は今、どこに?」 「ご自宅に帰られた。お元気で食堂に立っていらっしゃる」 「よかった……」  ローザは安堵の息をついて、ベッドに身を横たえた。  大公一族が母に危害を加えないか、それを不安に思うことはもうないのだ。  ローザが何よりの朗報を喜んでいると、ディアスが言葉に迷う気配を感じた。  ローザは彼の様子に振り向くと、彼はローザの頬に手を触れて言う。 「君が母の元に帰りたいと言っても、もう帰してはやれない」  ローザは目を伏せて、首を横に振る。  ローザは一度息を吸って心を落ち着けると、口を開いた。 「……お伝えしておくことがあります。私は長くないのです」  ディアスはその言葉に驚いたようではなかった。彼はひとつ息をついて言う。 「君の咳は、やはり病だったか」 「ええ。一年もたないと、医者に言われました」  ローザは目を伏せて言葉を続ける。 「だから人質になると聞いたとき……母に最期を見せずに済んだと、安堵したのです」  ローザは顔をかげらせて、言葉を濁らせる。 「……申し訳ない。私は一年しか価値のないものなのです」  ディアスは黙ってローザの言葉を聞いていて、ふいにぽつりと言った。 「君はここに来てから咳をしていない」  ローザはそう言われて初めて、彼の言う通りだと気づいた。食堂で働いていたときには咳を隠すのに必死だったというのに、今は少しも苦しくない。  どうしてなのだろう。その理由がわからないまま、ローザはディアスに包まれる。  ディアスはローザの頭を抱いて、その背をさすりながら言う。 「価値ならある。私はどこへも君を手放さない」  ローザはその言葉に温かみを感じて、顔を上げた。  その夜ローザは、初めて彼とキスを交わした。  まだここに来て三日と経っていないのに、もっと長い時間が過ぎたような心地がしていた。  窓の外は吹雪で何も見えない中、ローザは彼と薔薇の香りに包まれて、また深い眠りに落ちていった。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

35人が本棚に入れています
本棚に追加