嘘にはならない恋

1/6
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
 冬と春の間に挟まれた三月下旬。  春休みの最中。  実緒(みお)は所属している吹奏楽部の練習のため、学校に来ていた。  お昼になり、校舎の東側、三階の外階段へ向かう。  誰もいないことを確認して、廊下からドアを開け、外階段の踊り場へ出る。外は強い風が吹いていた。  天気はよく、日差しがあるから寒くはない。でも、風には冷たさが残っていて、頬を掠めるたびにぴりぴりする。  実緒はため息をつく。疲れた。また午後からも練習かと思うと、ちょっと気が滅入ってくる。  だらーっと踊り場の柵にもたれる。 「あのー」  急に声をかけられ、実緒は飛び上がりそうになった。  振り返った先。  二階の方から、誰かが階段を上がってきた。見るからに爽やかな風貌の背が高い男子。実緒と同じ一年の園田遥斗(そのだはると)だった。ジャージ姿だから、向こうも部活中なのだろう。  彼とはついこの前まで同じクラスだった。  話したことはほぼない。  遥斗はそこにいるだけで周りを明るくするような元気な人。  バレー部に入部してすぐレギュラーになり、同じ部に彼女がいるという噂だった。  一方、実緒は教室の片隅でひっそり生息する地味で大人しい女子。話す機会など、訪れるわけがないと思っていた。  それなのに、彼と間近で話すことになり、実緒は動揺した。  遥斗がにっと笑う。 「ここで弁当食ってもいい?」 「えっ、あ、どうぞ」  断る権利もないので言うと、遥斗はそのまま階段に座った。実緒に背を向け、弁当を食べ始める。 「堀江さんは食べないの?」 「私は……」  実緒は心の中で「沙紀ちゃん早く来て!」と、友達に助けを求めた。  沙紀とは同じ吹奏楽部で、今日ここで一緒に食べる約束をしていたのだ。もう来てもいい時間のはずなのに、なかなかやってこない。  遥斗が口をもぐもぐさせながらじっと見てくる。実緒はその視線の圧に負けて、踊り場にタオルを敷いて座った。  終始無言の昼食タイム。気まずくてご飯が喉を通らない。  遥斗はそんな実緒には構わず、先に弁当を食べ終えたようだった。 「ちょっと昼寝するから、俺のことは気にせず食べて。ちょっと疲れちゃって」  遥斗はあくびをして、こてんと階段の壁に身体を預けた。しばらくすると、穏やかな寝息が聞こえてくる。 (本当に寝ちゃった……)  実緒が戸惑っていると、側のドアが開いた。 「ごめん実緒。先輩と話してて……」  ようやく来た沙紀に「しー」と実緒は人差し指を立てて言った。 「え、なに?」  小声になった沙紀は遥斗の姿を見つけると「ええ?」と首を傾げたあと「おお」と感心したように頷く。 「実緒、男子なんか興味ないみたいな顔して、実は園田くんとこっそり知り合いだったんだ」 「何言ってるの沙紀ちゃん」 「私、今日別のとこで食べるから。どうぞごゆっくり」  勘違いしたまま沙紀はどこかへ行く。  美緒は途方に暮れた。さっさと弁当を食べて、ここから去るべきか。でも、もしこのまま寝ていたら、休憩時間が過ぎたことに遥斗は気付けないかもしれない。  結局、実緒はその場にとどまることにした。  相変わらず風は強く、遥斗の背中と実緒の間を隔てるように吹き抜けていく。 (なんでこんなことに……)  実緒はなるべく遥斗の方を見ないようにして、弁当を食べた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!