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1、わたしたちが死んだ日
「お姉さま。」
「お姉さま。」
我が目を開けると、太い眉毛の市松人形のような女子が、我を覗き込んでいた。
「お姉さま。やっぱり居らっしゃったのね。誰かが、わたくしをサポートしている気がしていましたのよ。ずっと前から。」
我は横になってひっくり返っておったらしい。起き上がった。
市松人形は、にこにこしている。
目線が低い。小さい。桃花よりは大きいが、到底大人には見えない。でも……。
「其方は、賢そうな顔をしておるの。」と我が言うと「そんな事はありませんの。普通です。」とまた微笑んだ。
我は周囲を見回した。
此処は、陽の心の中だ……なんて、可愛らしい。
マカロンやポップキャンディ、アメリカンクッキー、いちご、何十種類ものアイスクリームカップ。ぬいぐるみや音符もある。1番真ん中に飾ってある写真は……認知が歪んで実物の300%増しイケメンの一木拓也。
陽の目には、こう見えてるのか……と、少し呆れた。
そんなものだ。恋なんて。
陽が一木拓也に恋をしている事など、ずっと知っていた。陽は、イチキの本当の顔を知らない。
反対側を見ると、鏡に映った自分の姿を見て涙をこぼしている陽が見えた。
亜衣の笑った顔。少林寺のカタでカッコ付けてる亜衣。
神澤哲也も詩織もいる。年寄りもいいところの早川葵も。知らない顔もたくさん。
お茶席で亭主をしている時の陽の手元。聞香の手の動き。ロザリオの珠を手繰る指。
そして、いつも陽をお姫様抱っこする一木の顔が抱っこされている陽の目線で見えた。階段を登っているのが分かる。
この娘は自分の気持ちを言えなかったのだ。
自分が大きくなれないから。
最初の宿命通りだった方が良かったのだ。我が身体を奪ったから、こうなった。
「衣」に入ったのは、我と陽のどちらが先だったのかは分からない。
「お姉様。わたくしは楽しかったわ。わたくしは生まれない筈だったんでしょう?お姉様がいらっしゃったから、生きてこれたんでしょう?
違うかしら。違わないわ。わたくしには分かるの。なんとなく。私達は一つの殻に入っていたピーナッツだったんでしょう?」
陽は、居住いを正すと深々と我に三つ指ついて頭を下げた。
「ありがとうございました。」
我は、謝らねばならぬのに、相手に先にお礼を言われてしまった。
「陽、今は、どういう状況なのだ。」
「車ごと誘拐された。と、言うより車を盗んだら、わたくし達が乗っていて困ってるみたいですわよ。」
「車を盗んだのは、男か女か?何人だ?」
「男。3人は居るわ。」
陽は、にっこり笑って陽を見つめた。そして、言った。
「陽、我の言うことを良く聞くのだ。この場所から下へ潜れ。行けるところまで。そこへ行けば眠れる。我は、ずっと眠っていた。我の言う通りにすれば、また、一木に会える。
言うことを訊かなければ、もう、会えない。
潜れ。深く深く。潜るのだ。」
そう言って陽は陽の背中を押した。
陽は素直に我の言う通りにした。
陽が潜在意識の底の底に入ったのを確認して出られないように我は神力で網をかけ蓋をした。陽は眠った。
仮死状態だ。
これから起こる事など分かっている。
我は、この手の修羅場は初めてではない。
陽は知らなくていいのだ。
陽は顕在意識に移動した。
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