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困った顔で見守っていた純であったが、やがて悟美が何かを思い出したかのようにして、いきなり顔を上げる。
「あっ! ・・・・もしかして。」
そんな事を言ったかと思うと、悟美は突然立ち上がり、慌ててリビングを出て玄関の外へと出ていった。
「悟美〜。どこ行くの?」
心配した純が声をかけて、玄関の上り口まで出てくる。
すぐに外から戻ってきた悟美が、手に持っていたのは、白い一通の封筒であった。
靴を脱ぎ、リビングまで上がってきた悟美は、そのままテーブルに座る。
「悟美。その手紙って、まさか。」
状況を察して、純が投げかけた。
封筒を開けながら、悟美が呟くように言う。
「もしかして、って思ったけど。やっぱりまた、お父さんからの手紙が今日も届いてた・・・。」
「何て、書いてる?」
悟美は、中の手紙を出して、目で読みはじめた。
書かれていた内容は・・・。
『悟美へ。
一、蜂屋さんの事は、気にしなくて良いよ。気にせず、そのままで。
一、茜ちゃんには、明日悟美の方から気軽に話かけてごらん。』
じっと黙りこんだまま、悟美は何度も目で手紙の内容を読み返していた。
「ん? 何て? お父さんから何て手紙書かれてるの?」
気になる純が、待てずに尋ねる。
少しして悟美は、パサッと手紙をテーブルの上に落とすように手放して言った。
「ああ、もう! いつも良く分からない。どういう事よ。」
手紙を手に取った純が、必死に内容を読んでいる。
その日、色々な出来事があった母娘は、そのまま次の日を迎えた。
月曜日の朝。
悟美は、いつものように学校にいる。
しかし、幾度となく教室や校内で見かける茜の姿が気になり、落ち着かない時間を過ごしていた。
茜は何も変わらない様子で、別の生徒たちと楽しく会話をしている。
そんな様子を見た悟美は、内心諦めモードで、茜が楽しそうなら、このままの状態でも良いかと思ってしまっていた。
気を紛《まぎ》らわせようと、教室から見える遠くの景色を眺めてみたりする。
ふと、昨日届いた父からの手紙が思い浮かんだ。
『一、茜ちゃんには、明日悟美の方から気軽に話かけてごらん。』
・・・気軽に話かけるって言っても。
なかなかタイミングが難しいし。
悟美と会話がなくても、茜の方は別段困った様子もない。
それに、おそらく茜は怒っているはずだから、話かけたとしても文句を言い返されるだけだろう。
そんな事になれば、今よりももっとダメージが大きくなるし、頑張って話かけたのに余計なストレスが増えるだけになるのだ。
このまま、何事もなかったかのように、嫌な事に触れずに、一日一日をこなしていけば良い。
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