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受け取った傘を、茜は徐《おもむろ》に開いてみせる。
ほんの少し黙ったままの二人を、雨音だけが包み込んだ。
そうして茜は、ニヤッと笑顔を見せたかと思うと、
「傘。借りてあげるよ。」
と言う。
「えっ〜、何言ってるのよ。私の方が、傘を貸してあげてるのよ。」
すぐに、悟美が言い返した。
茜は更に、ふざけた顔をしながら、
「違うよ。私が仕方ないから、借りてあげるの。」
と言う。
「じゃあ、やっぱり傘、返してよ〜。」
そう言って悟美が、茜の持っている傘を取り上げようとした。
「ダメ〜。一旦借りたんだから、とりあえず今日のところは使わないと。」
茜は、傘を取り上げられないようにかわす。
悟美は、口を尖らせて言った。
「借りたのに、立場が逆じゃん。」
そうして茜が、ケラケラと笑いはじめる。
「悟美。あんたさ〜。そのレインコート姿。まるで、てるてる坊主みたいじゃん。ハハハ。」
「仕方ないじゃん。自転車乗るから、傘だったら運転しにくいし。危ないから。」
レインコート姿で、悟美が不服そうに言い返した。
「ハハハ。てるてる坊主なんだから、早く晴れにしてよ〜。」
傘を持ったまま、茜はご機嫌に笑う。
「そんなの無理でしょ。」
程なくして、不思議な事に、本当に雨足が弱くなり、やがて雨が上がった。
悟美は自分の自転車を手で押しながら歩き、茜も閉じた傘を持って一緒に歩く。
通い慣れた通学路を、歩いて帰る二人。
「悟美。」
ポツリと茜が話しかけた。
「ん? 何よ?」
チラリと顔を見ながら、悟美が聞き返す。
「ごめんね。」
茜が言ったその一言が、やけに強烈に聞こえた。
「えっ? 何が?」
誤魔化すように悟美が言う。
「私がさ、村上くんに手紙を渡そうとして、それを無理矢理に、悟美に頼んだ事だよ。」
「あ・・・・。ああ。・・・うん。」
悟美は、うまく返事出来ずに、言葉を濁した。
「私が反対の立場だったら、そんな事を頼まれたら絶対嫌だなって思ったから。」
茜が、ずっと遠くの方を見ながら話す。
「うん。・・・そうだね。」
悟美は、下を向いて返事をした。
そこで、チラリと茜が、悟美の方を見ながら言う。
「実はさ。私、分かってたんだよ。」
「分かってた? 何を?」
そこで茜が、ニヤけた顔で伝えた。
「悟美が、村上くんの事。好きだって事。」
「えっ〜〜〜〜〜‼︎」
思わず、その場で大声を出す悟美。
「しっー! 悟美。声が大きすぎ。」
顔を赤らめて、あたふたと戸惑いをみせる悟美。
「いや、・・その。私は、そんな・・・。」
「悟美を見てたら、なんとなく分かるよ〜。無理に隠しても。」
茜が笑顔で言った。
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