5人が本棚に入れています
本棚に追加
「悟美が色々心配してくれるのは、有り難いけど。これは大人の事情だし。あなたにはまだ、分からない事なのよ。それに今の悟美は、そんは事を考えるより、しっかり勉強をする時期なの。そっちに集中してほしいわ。」
溜息をついた後、悟美はソファの方へと移動し、ゆっくりと腰をおろした。
頭の中を色々な考えがグルグルと駆け巡り、悟美は何を言って良いか、分からなくなっている。
そんなところに、また純が調理しかけの包丁を置いて、ある事情を告げた。
「あ、悟美にも話しておこうって思ってたけど。今週の日曜日ね。蜂屋さんから、旅行に誘われたの。それで一日だけって事だから、色々考えたけど、お母さん行ってこようかと思う。船を借りて、島に行くんだって。そんな所、行った事なかったから。」
話をしながら、純は嬉しそうな顔を浮かべて、想像をしている。
聞いていた悟美は、ソファに脱落していた体を、まるで勢いよく起き上がらせるようにして聞き返した。
「えっ⁈ どういう事⁈ 旅行⁈ 二人で⁈」
「そ。凄く綺麗な海なんだって〜。旅行自体、久しぶりだから、ちょっと行ってみようと思うの。」
一人だけ勝手に楽しみな気分になっている母の姿が、悟美には許せない。
「それって・・・。」
「大丈夫よ。心配しなくても。悟美のお土産も買ってくるから。私なら、大丈夫だから。」
キッチンの方から、微笑みを見せながら純が言った。
「いや・・そういう事じゃなくて。」
悟美は聞こえないぐらいの声で、ポツリと呟く。
純が包丁を使って料理をしながら、話を続けた。
「私もさ、今年でもう38になったけど。すぐに、40になるよ。そう考えると、人生なんてあっという間だなぁって思う。時々、人に言われてきたんだけど。お父さんが亡くなって、もう5年が過ぎた。悟美もいずれは結婚して自分の家庭をもつ。そうなった時に、一人ぼっちじゃなくて、何か第二の人生を作っていても良いんだよ、って。」
話を聞きながら、悟美はショックの色を隠せず、困惑しはじめる。
「そ、そんな・・・。お母さんを一人ぼっちになんて、しないよ。」
純は調理を続けながら、余裕のある態度で返した。
「気にしないで。悟美とずっと一緒にいたいってわがまま言ってるわけじゃないし。あなたに結婚するな、って言ってるわけじゃないし。でもね。あなたも自分の家庭を持てば、忙しくなるし、私なんかを今みたいに構ってるヒマなくなるんだよ。それが現実なのよ。」
悟美は身動き出来ずに、微かに手が震えている。
最初のコメントを投稿しよう!