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「私は、結婚したとしても、ずっとお母さんと一緒に・・・。」
そこで、調理していた手を止めて、純が振り向いて言った。
「私も・・・、まだ、幸せになって良いんだ、って。思わない?」
「幸せ、・・って。」
再び、キッチンへと向かって、調理をしはじめる純。
「まあ、とにかく。悟美は余計な事考えたり、心配はしないで。お母さんは大丈夫だから。今週の日曜日だけ、行ってくるから。」
ほんの少し、悟美は黙っていたが、やがて何かを思いついたかのように次々と訴えた。
「旅行なんて・・・。お母さん、船酔いするかもしれないし。波が荒くて、船が沈没するかもしれない。海には、サメだっているのよ。危険だよ。それに、その島だって、お母さんの苦手な虫が色々いるだろうし。そんな所の蚊は、毒が凄くて、痒さがハンパないんだって。もちろん毒蛇もいる。食べ物だって、普段食べてる美味しい物とは限らないし。天候も変わりやすいから、どんな嵐にあうか分からない。きっと、やっぱり行かない方が良かった、って・・。」
悟美がそこまで話をした時、言葉を遮るかのように純が強く言い返す。
「悟美・・。お母さんは、もう行くって決めたの。」
そう言われて悟美は、一瞬呼吸が止まるかのように胸に詰まらせたが、沈黙の後、また自らの意見を告げた。
「・・・・じゃあ、せめて、お父さんからの手紙を待ってみようよ。」
それに対して、純は驚いた表情をして顔を向ける。
「え? お父さんからの、あの手紙を待つつもり? ・・・悟美も知ってる通り、お父さんからの手紙は、不定期だし、いつ必ず届くかも分からないし。全くあてにならない。それにお母さんは、誰に何かを言われても、自分で決めたのよ。」
「お母さん・・・。」
「私にだって、これからの自分の人生は、自分で決めていきたいの。後悔しないように。」
そこまで強い意思で言われて、悟美はそれ以上何かを言う事が出来なかった。
母娘の間に、不安な日々が続いていく。
それから、険悪な雰囲気が続いたまま、純と悟美の生活は、一日一日と過ぎていった。
悟美は、一日のうちに何度も郵便箱を覗いて見たり、時々門扉の前に立って郵便配達員が来るのを待ったりしている。
しかし、待ち望んでいる気持ちとは裏腹に、ぱったりと手紙が届かなくなった。
「何で・・。こんな時に、手紙がこないの?」
悟美は、微かな望みとともに、その期待を裏切られ、溜息が多くなる。
携帯電話で、郵便局へ問い合わせる悟美。
「えっ〜と、藤ケ崎様ですね・・。いいえ。手紙や御荷物など、配達の物はこちらには、ありませんね。」
「あ、そうですか。すいませんでした。」
意気消沈し、元気なく電話を切る悟美。
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