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悟美は何も言わずに、じっと純を見ている。
やがて、椅子に腰掛けた純が、ゆっくりと口を開いた。
「・・うん。まあでも、お父さんは、蜂屋さんの事、何も知らないから。会った事ないし。」
その言葉に悟美は、信じ難いといった顔をして問いかける。
「知らないっていっても、それは関係ないんじゃない? だってお父さんは、『未来予見』が出来るんでしょ?」
純はテーブルに両肘を付いて、頭を抱えながら言い返した。
「確かにお父さんは、『未来予見』が出来た人なんだけど。それが全て当たってるかどうか分からないし。・・・お父さんが心配してくれて、この手紙をくれたのは有り難いんだけど。ほら、自分の人生は、ある程度自分で決めたいっていうか・・。」
「それは、そうだけど。お父さんがこうして、せっかく教えてくれているんだとしたら・・・。」
テーブルを挟んで、向かい側に立っている悟美が言う。
「だってそうじゃない。お父さんも悟美も。蜂屋さんの事、何も知らないじゃない。それなのに、あなたも蜂屋さんの事を、悪く言うし。」
少し強い口調になりながら、純はそう言って椅子から立ち上がった。
「いや私は別に、悪く言うつもりはないけど。少し会った印象が、あんまり好きじゃない感じがしただけで・・。」
「そうでしょ〜。蜂屋さんの事、決めつけてるのよ。よく分からない人の事を、そんなふうに悪く決めつけるのは、どうかと思うよ。」
再び純が、やや興奮気味に言う。
リビングの空間に、少しの間沈黙が続いた。
その後、悟美がやっと口を開く。
「確かに、お母さんの知り合いの人の事を、よく知らないのに悪く言った事はよくなかったと思うけど。・・・それよりも、私はお父さんの事を考えてほしいと思っただけ。」
「お父さんの事? 私はずっとお父さんの事は考えてるわよ。忘れた事なんてないわよ。」
心外だと言わんばかりに、純が言い返した。
声を震わせながら、悟美が投げかける。
「私は、今でもお父さんの事が大好き・・。お母さんは、・・・お父さんの事を今でも、好きでいるの? お父さんと結婚して良かったと思うの? 夫婦になれて、幸せだった? 後悔してない?」
「そんなの当たり前じゃない! お父さんと結婚して幸せだったわ。でも、お父さんは亡くなって、もういない。私は、これから先の人生の事を考えているのよ。」
熱い感情が込み上げてきて、いつの間にか悟美の目から涙が溢れ出していた。
「お父さんは死んで、もうこの世にはいないけど。でも、ずっと私とお母さんの事を見守っている・・・。私はそう思っているの。」
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