今日のメイドさんはご主人様の幼馴染!?

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今日のメイドさんはご主人様の幼馴染!?

「幼馴染ラブコメっていいなぁ……」  メイドのさとは、窓を拭きながらため息を吐く。昨日読んだ少女漫画のことが忘れられないのだ。 「私もあの人と、幼馴染だったらいいのに」  好きな人を思いうかべながら再びため息。すると、階段のほうから彼女を呼ぶ声が。 「さと、来てくれ!」 「はい、燈次(とうじ)さま」  向かったのはさとのご主人さまのところ。彼は何故か屋敷内の階段に長い板を立てかけていた。階段のステップの凹凸を板が覆っていて、坂のような形ができている。  燈次は海藻を坂の上に撒く。そして坂の頂点付近で、段ボールを広げて平らにしている。 「何をするんですか」 「広げた段ボールをそり(・・)にして、海藻でぬるぬるになった坂を滑るんだ。絶対楽しいぞ」  さとのご主人さまはちょっと残念な人。でもさとはいつも燈次を気にかけている。 「危ないですよ」 「大丈夫だって。そりゃーっ」  燈次は段ボールに乗り、勢いよく坂を下る。案の定、燈次は勢い余って坂の下の壁に激突した。 「ウゴボァ」  情けない声を出した後、燈次は動かなくなった。  瀕死の重傷にでもなったらどうしようと思ったが、怪我はしていなかった。  ただ一点、気になることが。 「ここはどこ。俺は誰?」  燈次は記憶喪失になってしまった。  医者によると、時間が経てば治るそうだ。せっかくなら記憶喪失のタイミングを楽しんだらいい、と医者はのんきに笑っていた。  当の本人もあっけらかんとしている。病院を出た後も、でたらめな鼻歌を奏でながらこう言った。 「これはこれで楽しいな!」  さとは取るべき態度が分からず、曖昧な返事をする。 「そうですね」 「悪いけど俺、お前のことも分からないんだ。誰だっけ?」  あなたのメイドのさとですよ。そう言おうと思ったが、ふと昨晩読んだ漫画の記憶がかすめる。  いけないと思いながらも、彼女はその言葉を口走ってしまった。 「私はあなたの……幼馴染です!」 「幼馴染?」 「そう。幼馴染のさとです」 「幼馴染だけど敬語なんだな」 「さ、さと……だよ!」  さとの心臓はばくばく鳴っていた。早く訂正しなきゃ。そう考えながらも気持ちは傾いたままだ。  燈次は当たり前のように受け入れている。 「普段は俺のこと何て呼んでるの」 「燈次、くん」 「俺からは」 「さとちゃん」  さとは可愛らしく小首を傾げてみた。何してんだろう、と思い、顔が真っ赤に染まる。  燈次はふーん、と声を出し、握手を求めて手を差しのべる。 「改めてよろしくな。さとちゃん」  手は恥ずかしくて握れなかった。さとはその代わりに「きゃーっ!」と喜びの声を上げた。  男女の幼馴染ってどんな感じなのかな。  漫画だと子どものころ、おままごとで夫婦役をやったとか。意味も分からないまま婚約をしてたとか。あとは親同士が仲よくて、いいなずけに。 「ひゃああー!」  さとは甘々すぎる妄想のせいで叫び声を上げた。 「どうした、さとちゃん」 「何でもないです燈次さま、じゃなくて燈次くん」 「ところで俺、何でこんなデカい家に住んでるんだ」  帰宅した燈次は、先ほどから家の中を見回している。  嘘が苦手なさとは、必死に必死に頭を回して返答する。 「遠近法?」 「え?」 「近くの物が大きく見えて、遠くの物が小さく見えるんだよ」 「俺の家が大きく見えるのは錯覚だと」 「そうだよ」 「ところで、さとちゃんは何でメイドの恰好なんだ?」  さとは肩を震わせる。そう。さとはずっと仕事の服のままだったのだ。  これではふたりが幼馴染でなく、雇い主と使用人に過ぎないことがバレてしまう。  そう思ったさとは、必死に必死に考えた。 「制服」 「え?」 「幼馴染といえば高校生でしょ。だから私たちは高校生なんだけど。学校の制服がね、メイド服になったの。昨日から」 「俺もメイド服なのか」 「燈次くんは執事服だよ。し、執事服っ?」  さとは執事姿の燈次を想像してドキドキした。  執事とメイドの組みあわせも素敵だったかも。って、今は幼馴染。他のシチュエーションを考えてる場合じゃないよ。  うろたえるさとの横で、燈次は自分の眉間を揉む。 「記憶喪失は覚えることが大量だな。一旦寝てみるか。記憶が戻るかもしれん」  そう言って燈次はソファに寝転がる。そして燈次は丸出しになった腹を掻く。  しかしさとは燈次の上体を起こした。 「燈次くんったら。お腹出して寝ちゃ、風邪引いちゃうよっ」 「平気だって」 「分かってくれないと、プンプンビーム☆ しちゃうぞ☆」  さとは軽く握った両手を自分の頭に当て、身体をわざとらしく左右に振った。  これには燈次もびっくり。 「さとちゃんって普段からそんなキャラだっけ」 「忘れちゃったの。さとちゃん、お目目シクシク」 「そうか、すまん」  燈次はぎこちない笑顔で返答した。さとはソファの背後に回り、顔を覆ってしゃがみこむ。 「何してるの私! 私はこんなこと言わないよ。でも幼馴染の男の子の接し方なんて分かんない、どうしよう」  さとがソファの陰で葛藤していると、燈次はスマートフォン相手にぶつくさ言いだした。 「マップが見づらいサイトだな」  さとはソファの背から顔をひょこっと出す。 「何を見てるの」 「桜祭りの案内。今日近くでやってるらしい。さとちゃんと行ったことあったっけ?」 「10年以上ずーっと一緒に行ってるよ。幼馴染だもん」 「じゃあ今から行くか」  燈次はニカッと笑う。彼の爽やかな笑顔に、さとは立ちくらみを起こした。 「かっこいい……」  祭りは広い範囲を使って行われている。大公園の広場スペースに飽きたらず、一部道路は通行止めにして屋台が出されている。 4月が始まったばかりの今日は日曜日。ようやく開きはじめた花の下、多くの人が笑顔を咲かせて行き来している。  燈次とさとは目をきらきらさせながら会場内を歩く。 「綿あめ、射的、焼きそば。何でもあるな」 「燈次くん、どれやりたい?」 「輪投げだ。俺の話術で店員の意識を逸らし、その隙にうんと近づいて、0距離から輪っかを投げるんだ」 「ズルは駄目。燈次くん、そういうとこ直したほうがいいよ」  燈次は反省していないのか、ケケケと悪魔のような笑い声を上げる。  メイドとしては、注意するのがお仕事! そう思う反面、幼馴染なら可愛く「もー」と頬を膨らませるくらいがいいんじゃないかな、とも考える。  幼馴染が出てくる漫画は大好きでいつも見ているのに、いざ自分がそうなると、途端にどう振るまうべきか分からなくなる。  いつも燈次に対してあれが駄目、これが駄目、という自分をさとは恥ずかしく思った。  燈次さまだってきっと、ニコニコした女の子がそばにいるほうが楽しいよ。  だからせめて、幼馴染でいる間は……。  さとが甘酸っぱい想像に浸っていると、燈次が急にさとの手を握った。 「ひゃっ」 「あ、駄目だったか」 「びっくりしただけ」 「子どものころはよく手を繋いだ気がしたんだが。勘違いだったか?」 「ううん」  さとはそっと手を握りかえす。  ずっと幼馴染でいられたらいいのに。 「うわ」  燈次が小さな叫び声を上げる。見ると、燈次の服が青く染まっていた。 「俺、かき氷こぼしちゃったよ」 「染みが残っちゃう」 「そこのトイレで洗ってくる。さとちゃんはあそこのベンチにでもいてくれ」  そう言われたさとは素直に、トイレから少し離れたベンチに座って待った。  すると、細身の青年が近づいてきた。 「そのメイド服ってコスプレ? ボク、変わった子が大好きなんだよね」 「どなたですか」 「可愛い子がひとりなんてもったいない。ボクと一緒に回ろうよ」 「幼馴染を待ってるんです」 「まだ来ないんでしょ。その間だけでもさ」  ナンパ男はさとの肩に腕を回す。さとが「やめてください」と言っても、男は腕をどけようとしない。 「さとちゃんから手を放せ!」  鋭い声が飛んできた。燈次が目に怒りを浮かべ、大股でこちらに近づいてくる。さとの胸がキュンと甘く鳴る。  ナンパ男はフンと鼻を鳴らす。 「こいつが幼馴染?」 「俺に文句があるのか」 「ボクのが美青年だな、と思って」 「俺は超絶イケメンだ。さらにさとちゃんのことをよく知っている。何故なら幼馴染だから。2点獲得で俺の勝ち。はい論破」 「偉そうに。どっちが上かは、観客に決めてもらおうよ」  そう言ってナンパ男は、広場に設置された特設ステージを指さした。  ナンパ男は説明を続ける。 「ボクらでダンス対決をして、より観客の評価を得られたほうが勝ちとしよう」 「いいだろう。お前の痴態を見るのが楽しみだ」 「後悔するのは君だよ」  さとが目をぱちくりさせている間に、何故かナンパ男と燈次の対決が始めった。  ふたりは速やかに壇上へ上がる。  まず燈次が躍りだした。彼はブレイクダンスをイメージしたダイナミックな動きを見せつける。とはいえ真似事に過ぎないので、勢い勝負だ。  一方のナンパ男は、バレエのような軽やかな振る舞いを披露した。ひとつひとつの所作が美しく、通行人が思わず足を止めて「ほう」と息を吐いた。  次第に人が集まり、観客同士でコソコソと会話しはじめる。 「あのステージすごいね。特にバレエみたいなほう」 「バレエの人かっこいいー!」  名前が出るのはナンパ男のほう。燈次については、勢いはあるが素人臭い、という評価だった。  さとはムッとする。  さとは両手を口元で広げ、「燈次くん、かっこいいよ」と言った。しかし慣れない呼び方なので、ほとんど声を張れなかった。  さとはン、ン、と小さく声を発し、喉の調子を整える。もう一度燈次に声援を送ろうとした。  そのとき……。  燈次はダンスの動きに紛れ、少しずつナンパ男のほうに近づいていく。そして踊りの一環という体で、素早く身体を落とし、足をナンパ男のほうへ突きだした。 「うわっ」  ナンパ男は燈次の足が自分の足元に突然現れたせいで、バランスを崩す。  しかし彼はすぐに持ちなおし、華麗なステップを取りもどす。  燈次はチッと舌打ちをし、再びナンパ男に足を引っかける。  ナンパ男の片足が大きく持ちあがった。彼の上体は大きく傾く。  しかしナンパ男は身体をしなやかに使い、見事に持ちなおした。パフォーマンスの一環だった、という余裕の顔も見せてくる。  燈次はこりずにもう一度足をかけようとする。しかし、観客からブーイングが起こった。 「汚いぞ!」「降りろ!」  さとは観客たちの中でおろおろしていた。燈次を止めなければ。 「やめて、燈次くんっ」  呼びなれない名前は声に乗せづらく、ブーイングの嵐に掻きけされる。  燈次はさとの声に気づいた様子はない。一度ステージから降りたかと思うと、特にひどいブーイングを放っていた客の焼きそばを奪う。そしてナンパ男に向かって投げた。 「わあ!」と叫びつつも、ナンパは寸前で避ける。  しかし追撃の焼きそばが彼の顔面に当たる。  燈次はピョンピョンと飛びはねた。 「焼きそばボンバー命中。俺のさとに手を出した罰だ!」  ブーイングは苛烈さを増す。燈次は別の客のソフトクリームを奪い、ナンパ男に投げようとする。  さとの頭の中で何かが音を立てて切れた。 「やめなさい、燈次さまっ!」  一瞬で会場が静まりかえった。それほどさとの声が大きかったのだ。  燈次は目をパチパチさせて彼女を見る。 「さとちゃん?」  さとは腰に手を当て、ムンと胸を張る。 「いえ、私はメイドのさと。ご主人さまが悪いことをしたら、いけませんって言うのがお仕事です」  さとは観客のひとりひとりに深く頭を下げる。 「私の(あるじ)がご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。台無しにしたお料理は主に代わって弁償いたします」  彼女はステージに上がり、ナンパ男の顔をハンカチで優しく拭く。 「あなたにも何とお詫び申し上げたらいいか」  ナンパ男はほうけた顔だ。 「本物のメイドだあ……」 「え?」 「あ、こちらこそすみません」  ふたりは肩を落として会場を後にする。燈次は自分の足元から伸びる影を見つめながら呟いた。 「全部思いだしたよ、さと。色々すまなかった」 「私こそ、ご無礼の数々を失礼しました」 「謝るべきは俺だけだ。迷惑しかかけられなかった」 「でも燈次さまがあの男の人に怒ってくれて嬉しかったです」 「そうか」  西日がふたりの間に長い影を作っている。さとは影の先端を見つめながら囁いた。 「帰りましょうか。燈次くん」 「え?」 「あ、燈次さま」  さとが顔をぽっと赤らめると、燈次はニコリと微笑んで手を差しのべた。 「手、繋ぐか」 「私なんかが恐れ多い」 「家に帰るまでが幼馴染。だろ?」  さとは長いまつ毛を伏せ、そっと顔を熱くした。  そっと手を繋ぎ、ゆっくりと歩いていく。  この道が少しでも長く続くように。  こうして、このふたりの距離は縮まった。  ように見えたが……。 「燈次さまの顔、もう見れない!」  さとは嘘をついた罪悪感で、丸々1週間、燈次と喋るのをやめてしまった。
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